閑話 砂塵の騎士




 ずっとずっと憧れていた。


 それを引き継ぐことが誇りだった。


 重荷に感じる事がないわけではなかったが、それすらも誇りの一部だった。


 なのに。


「くそ、動け、動いてくれ……」


 鋼鉄の、人型兵器があった。人機、と呼ばれ、ある一族に代々引き継がれてきた。


 かつて人が災禍に抗った力。由来は失われど、それは純粋な力として多くの戦いを生き抜いてきた。たった、今まで。


 鉄の腕は萎え、鉄の足は力を失った。かつて魔獣を打倒したその武勇も、文字通り地を這い無様に転がっている。荒野の唯中で、百年と受け継がれてきた遺産は、もはや動くことはない。


 その唯中で、カイト・シデンは流れる血に構う事なく、操縦桿を無駄とわかりつつ必死に動かしていた。


 頭では理解している。先ほどの攻撃で、制御中枢を破壊された。手足などの付属部品ならともかく、制御中枢は今や人の手で作る事叶わぬオーパーツだ。そこを破壊された以上、この機体は死んだ。一族の誇りは失われたのだ。


 だからこそ、認められない。認める事が出来ない。


 ほかならぬ自分の手で、それが失われた等と。


「頼むよ……動いて、くれよ……」


 滲む視界が、振動で揺れる。横倒しの世界の中、巨大な影が近づいてくる。


 ギガノト級魔獣。たったいま、カイトと彼の操る人機を打ち破った巨大な蜘蛛のような怪物が、止めを刺すために近づいてくる。


 脱出しようとは、思わなかった。人機は、カイトにとって全てだ。それが失われたのなら、もろとも葬ってほしいとさえ思った。


 魔獣は、理由はわからないが人間を徹底的に殺戮する。このまま人機の中にいれば、望み通りもろとも跡形もなく破壊してくれるだろう。それを救いのようにも感じて、カイトは目を閉じた。


 しかし、今日という日は、とことんカイトという人間にとって厄日だったらしい。


 その願いも、叶う事はなかったのだから。


『レックス、アンカー!』


 明らかに人間のそれではない声で、叫びが響く。直後に凄まじい激突音と、魔獣の雄叫び、そして何かが地に降り立つ音。予想外の展開に、カイトは目を見開く。


 その目に、羽ばたくように視界を下から上へ駆け抜けていく、一騎の影が映った。


「獣……?」


 しかしその姿。二本の獣の脚で大地に立ち、長い尾をなびかせ、鋭い牙を剥きだしにして唸るその姿はカイトの知るあらゆる獣のそれと異なる姿で。


『まさか大型ドローンがここにもいたとは! どうなってるのです現在の地上は!?』


「そんな事より、人命! そこの機体、中に人がいるんだろ?! 大丈夫か?」


 大声で喚く、謎の声と……少年の声だろうか。答えようにも声が出ない。辛うじて動く右手で緊急スイッチに触れる。動力が落ちていても動く仕組みで、ハッチが吹き飛ばされた。


「うわ、爆発した?!」


『緊急脱出装置を起動させただけです。ですが自力ではもう動けないようですね』


「じゃあ、早く助け出さないと……うわ!?」


 大柄な機体が、旋風のように飛び退る。一瞬遅れて、獣の立っていた大地を踏み砕く黒い脚。体勢を立て直した巨大な魔獣が、甲高い雄叫びを上げて襲い掛かる。もはやカイトの事は眼中にないようで、その敵意は新しく表れた獣とその乗り手にのみ注がれている。


 大地を振るわせ、節足をうごめかして巨大魔獣が襲い掛かる。獣は大型だったが、魔獣はさらに大きい。質量的には勝ち目など無いように見える。だが、獣の足取りに恐れや躊躇いはない。


 振われる節足を、再び機敏な動きで回避する獣。その動きを追いかけて追撃を行おうとした魔獣の顔元を、自動小銃の火筋が薙いだ。獣に乗る少年の攻撃。


 口径が小さすぎてそれそのものはダメージにならないだろうが、交戦中にいきなり回避に専念しているはずの相手から目に攻撃を受ければそれがなんであれ手元が狂う。心なんてあるはずのない魔獣でもそれは同じだ。


 標的を見失ってもたつく節足の動き。そのうちの一つに、獣が機敏な動きで、その大顎をもって食らいついた。


『パワーで、私に勝てると思わない事です!』


 距離があっても聞こえてくる、金属の軋む音。その直後に、魔獣の巨体が、ふわりと浮いた。


 信じられない光景だった。獣よりも巨大な魔獣の体が、節足ごと持ち上げられている。まるで動揺するかのように、地につかない節足の鉤爪が宙を何度も無意味にひっかく。


 そしてそのまま、獣は加えた節足を振り回した。ハンマー投げのように振り回された挙句、地面に放り出される魔獣の巨体。地響きが鳴り響き土煙が立つ中で、無数の破砕音が重なってとどろいた。


 巨体の質量がそのまま己への破壊力として返ってきたのであろう、逆さまに放り出された巨大魔獣はもはやぴくりともしない。その躯を前に、獣は勝ち誇るように雄叫びを上げた。


 ……カイトが見届ける事が出来たのはそこまでだった。


 遠ざかる意識の中で、どうせなら見捨ててくれればよかったのに、なんて思いながら、カイトは意識を手放した。

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