第4話 蛮竜猛撃



 ギチギチギチと、魔獣が多脚を連ねて蠢かしながら動き出す。闇の中で全容は見渡せないが、間違いなくフォーレックスよりも大きい。少なくとも、アドラーはこれほどの大きさの魔獣を見たことが無かった。


 それも、前人未到の荒野ならいざ知らず、ここは……。


「嘘だろ……。村の裏だぞ、ここ! こんな、こんなおっきな魔獣……!」


『なるほど。自家発電装置に異常があったのはコイツのせいですね。電気を横取りしていたのですか』


 足を広げて臨戦態勢をとるフォーレックスを見下ろすように影が差す。


 全長20メートル以上はあろうかというムカデ型の魔獣……暴走AIのコントールする人類鏖殺用ドローンが、その殺意をアドラーとフォーレックスに向けていた。


「不味い、駄目だフォーレックス、こんな大きいの、勝てるわけがない! 逃げよう!」


『いえ、この程度なら大丈夫です。ましてや火器を装備していないのなら、このボディなら対応可能です』


「え……」


『しっかりつかまっていてくださいよ。来ます!』


 金切り声を上げてムカデ型魔獣が襲い掛かってくるのに対し、フォーレックスの対応は豪快だった。一瞬も怯む事なく突進し、ムカデの牙に頭突きを返す。地下通路に、巨大な質量同士が衝突する爆音がとどろく。リング状の衝撃波が生じ、通路の埃が吹き飛ばされる。


 膠着は一瞬。大きくフォーレックスが一歩を刻み、反対にムカデ魔獣は背後へと吹き飛ばされた。


『その程度のパワーで!』


 金属を引き裂くような雄叫びを上げて、フォーレックスは突進の衝撃をものともせずにさらに踏み込む。その巨体でムカデ型魔獣に体当たりをぶちかます。それに対しムカデ型魔獣は持ちこたえるものの、耐え抜いたとは言い難い有様。長い体を押しつぶされるようにして、辛うじてフォーレックスのタックルを受け止める。そこへ、短くも鋭いフォーレックスの前足が閃いた。ナイフのような爪が魔獣の皮膚を広く切り裂き、真っ黒なオイルが血のように噴出した。


 とはいえムカデ魔獣もやられるがままではない。長い体と無数の脚を地面に這うように広げて安定を確保すると、折りたたんだ半身をバネのようにつかってフォーレックスを押し返す。その勢いに逆らわず、ひらりと舞うようにフォーレックスは飛び退った。


 その間、アドラーはなすすべもなく鞍にしがみついているので精一杯だった。情けないと思わなくもないが、突然始まった怪獣大決戦に振り落とされないので精一杯だ。


「どうだ、やったか?!」


『ダメージは与えました。だがでかいうえに単純なので、致命傷にはほど遠いようですね。見てください』


 フォーレックスの指摘通り、ムカデ型魔獣はダメージを受けつつも問題なく動き出していた。噴出したオイルは空気に触れてたちまち固まり、外骨格の傷をふさぎつつある。まるで生物のようでいて、明らかに違う生態ともいうべき機能に、アドラーはゲッと顔をしかめた。


「傷が治ってるのか……」


『治る、というと大きな認識の違いがありますね。生物のような複雑な自己修復能力とは程遠い。傷口に接着剤をぶっかけて固めてるだけです』


「大丈夫なのかそれ」


『大丈夫じゃありませんよ? ただまあ、あれら無人ドローンは使い捨ての雑兵ですので。動かなくなったらそれまでです』


「あんなにおっきいのに!? 親玉とかじゃないのか?!」


『んー……。確かに、少々、いやかなり大きいモデルですね。私のデータにはありません。ですが基本的には、量産タイプかと……来ます!』


 今度はアドラーも、警告されるでもなく対応できた。ふたたび半身を伸ばすように襲い掛かってきた魔獣に、フォーレックスはその場で足を組み換え、尾による一撃をカウンターとして見舞った。長い鋼鉄の尾が鞭のように振るわれ、魔獣の横っ面を打ち据える。成すすべもなく吹き飛ばされる魔獣……のようにみえて、魔獣は素早く体勢を立て直し、再び組みかかってくる。すんでの所で魔獣の牙をフォーレックスがかがみこんで交わし、空を切った牙が火花を散らして噛み合わされる。


 パワーでは完全にフォーレックスが圧倒しているのに、魔獣はぶつかり合いに負けているのに、なぜか常に相手が先手を取ってくる。


 その秘密を、照明弾の明かりの下でアドラーは目の当たりにする。


「コイツ、ムカデみたいな見た目して、蛇みたいな事してるな! 後ろ半分を地面に食い込ませて、前半分を振り回して攻撃してきてる!」


『妙に頭が回りますね、このでくの坊が! ですがその程度!』


 襲い掛かってきた上半分を、フォーレックスがガブリと咥える。魔獣が逃れようとするが、牙のような装甲ががっちりと食い込んで逃さない。


『コンディションは微妙ですが、この程度の相手にパワー負けするとでも?』


 ぐっ、と足を踏み込み、力にものを言わせて魔獣を後ろ半分ごと引きはがそうとするフォーレックス。魔獣も、鉤爪をがっちり床や壁に食い込ませてそれに抵抗する。フォーレックスがパワーで優位にあるのは変わらないが、魔獣は今まで以上に必死に抵抗している。すぐに綱引きの結果は出そうにはない。フォーレックスの不調という言葉を顧みるなら、万が一があり得るかもしれない。


 その様子を至近距離から目の当たりにしながら、何か自分にもできることはないかと目をさまよわせるアドラー。そんな彼は、不意に肩からベルトで下げている”それ”を思い出す。


「コイツはどうだ!」


 片手を引き抜き、自動小銃を構える。だが、激しく揺れる鞍の上では照準が定まらない。ええい、ままよと鞍にしがみつくふとももに力を込めて、アドラーは引鉄を引いた。


 途端に猛烈な反動がアドラーの腕を襲った。抑え込む事もままならず、自動小銃は引きっぱなしのまま、線を描くように弾をばらまいて沈黙した。当然だ、長年整備されていなかったのだ。樹脂製の銃身はへしゃげて弾け、二度と使い物にならないだろう。だが。


 単なる暴発に近い射撃でも、とにかく相手との距離が近いのが幸いした。銃弾のいくつかがムカデ型魔獣の甲殻を穿ち、真っ黒なオイルが血飛沫のように飛び散る。そのうちの何発かが、魔獣の重要な部分を撃ち抜いた。


 その瞬間、魔獣の力が僅かに緩む。それを逃さず、フォーレックスは力任せに魔獣の体を引きはがした。そのまま、二度と何かにしがみつけないように振り回して動きを封じる。


『これで……終いです! レックスバイト!!』


 フォーレックスの全身の機械的空虚を、まるで力むかのように光が流れた。激しい血流がそうであるように、一瞬で全身を駆け巡った光が、頭部へと集中する。


 振り回して完全に宙にういた魔獣の体が、すさまじい力で噛み砕かれる。その破壊の余波は噛みついた部位のみならず魔獣の全身に及び、長い体の末端に至るまで罅割れが広がり、砕け散る。壁や天井に至るまで漆黒のオイルが飛び散り、凄惨な有様を示す唯中で、フォーレックスは仁王立ちしていた。


「いてててて……」


『まあ、こんなものです。アドラー、助かりました。ナイスフォローです。あなたには、ライダーの素質があるのかもしれませんね』


「ライダー?」


『私のような、自律判断が可能な機体と協同して戦う兵士の事を、便宜上そう呼ぶのです。我々にはできない事を、ライダーが行い。ライダーにできない事を、我々が行う。いかんせん私達には高度な判断力が与えられていますが、最終的な戦略目標を決定するのはあくまで人間に権限がありますからね。私達はそのお手伝いをするだけなのです』


「はあ……」


『ですが誰でもライダーになれる訳ではありません。ライダーになれるのは、勇気ある者のみ。貴方にはその素質がありますよ、アドラー』


「よく分からないけど褒められてるなら嬉しいや」


 パラパラと降り注ぐ魔獣の破片を払いながら、アドラーは照れ臭そうにはにかんだ。


『ですが蛮勇と勇気は紙一重でもあります。少々、今の貴方の行動は迂闊でしたよ』


「う……。かあちゃんみたいな事いうなよ……。わかってるって、流石にもうしないよ。肩が外れるかと思った」


『やるなら、強化スーツを装着してからにしてください。まだあなたの体は完成してないのですから。さて、あとはここをまっすぐいけば外に出れます』


 つい、とフォーレックスが顔を上げて指し示す向こう。照明弾の明かりも消え去り闇の戻った通路に差す一筋の光が、竜の言葉を証明している。


 そこでふと思った。この奇妙な竜との道中も、それで終わりなのだろうかと。


 思えば流れで鞍に乗せてもらったが、別にお互いに仲間になった訳ではない。フォーレックスは人の為に作られたといい、そのために行動しているのは分かるが、その人、というのが別にアドラー一人に限定されるわけでもあるまい。


 そもそも人格のある存在を、戦利品として所有するのもおかしな話だ。百歩譲って人工物であるから物とするにしても、アドラー一人が所有するより村全体で共有する方が絶対にお互いのために良い。あの戦闘力なら村を守る上で大いに役に立つだろうし、長期メンテナンスされていないであろうフォーレックスを整備してやるにも村で行った方がいいだろう。


 つまり、どう考えても、アドラーがフォーレックスの鞍に乗っていられるのは、出口までが最後だ。


 かといって、出たくないなどと我儘をいう訳にもいかない。思い詰めて、アドラーは顔を伏せた。


 そんな彼に、フォーレックスはこれまでに比べると、ちょっと歯切れの悪い様子で語りかけた。


『あー、それで、ですね。まあ今いったように、ライダーは誰でもなれる訳ではないという話でしてね? 私としてはせっかくその素質がある人間と知り合ったなら、その縁を大事にしたい訳ですよ』


「……?」


『ですけど私には私の目的がやっぱりありまして。私の”製造目的”であり”戦略目標”がある以上、それを達成するにあたって現状を確認する必要は不可欠なのですが、しかし今の私は何もしらない無知なトカゲに過ぎない訳で、二重の意味でせっかく知りえた現地協力者は非常に貴重な存在といいますか……』


「それって」


『ええと、まあ、なんていうかその……』


「……しょうがないなあ。ま、この世界の今なら俺のほうが先輩だしな! 先輩が助けてやるのが筋ってもんだよな!」


『いいのですか、アドラー!?』


 ばっ! と擬音がつけられそうな勢いで振り返ってくるフォーレックス。それも機械ならではの可動域、180度回頭である。いきなり目の前に鋼鉄の顎をもってこられて、アドラーが面食らう。


「い、いきなりびっくりするじゃないか!? あーもー心臓に悪いなあ」


『すいません、嬉しかったもので、つい! それより本当なんですか? 私に付き合うって事は、外の世界に一緒に出てください、といってる事ですよ。貴方の生活とかあるんじゃないですか?』


「いいんだよ。もともと、ここで武器を手に入れたらそれを使って外に出るつもりだったし。……こっちからもお願いしたいくらいさ。フォーレックスと一緒だったら、きっと外でも楽しくやれると思うんだ。お前、面白いし」


『ははは……同じことを考えていた訳ですか。はははは! これぞ相思相愛という奴ですな! これからよろしくお願いします、我がライダー!』


「いや、いちいち大げさなやつだなあ。まあいっか、これからよろしくフォーレックス……わわわ! 急に走り出すなよ!」


『すいません、なんだか駆けたい気分でしたので!!』


「え、ちょ、ま、速度だしすぎ……うわああああ!?」






 村の裏には、鉄の墓場がある。


 昔から、ずっと。


 何故村の裏にそんなものがあるのか、誰も由来を知らないし興味だってない。


 そこで少年は、竜と出会った。

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