第3話 揺らぐ事の無き敵
「じゃあつまり、フォーレックスはその……人類を滅ぼそうとした機械軍団に対抗して作られたのか?」
鉄の墓場の地下深く。うっすらと木漏れ日の差す中で、少年と機械の竜が語り合っていた。
竜は眠っていた鉄のベッドに体を横たえ、少年はその腹に体を預けるようにして寝転がっている。冷たい金属のはずなのに、腹に身を預けるとうっすらと温かい竜の体温が伝わってくる。機体がアイドリング状態だから一定温度が保たれている、と竜は言った。
『その通りです。ここは、かつて人類の拠点でした』
竜の話す昔話は、少年には信じがたい話だった。人はかつて、飢えも寒さも恐れる必要ない生活を送り、高い技術力で自分たちの手足となる機械を作り出していたのだという。ところが、ある時大きな設備の管理を任せた人工知能……人の作り出した、人ではない者達……が人類に反逆を翻した。人類の存在が、地球の存続に悪影響をもたらすのでこれを排除するというのが人工知能の言い分だった。それに対し、人類と人類に協力する人工知能と、叛乱に加担した人工知能の間で戦争が勃発した。戦いは人類側に不利な状況が続き、戦局を打開するための秘密兵器が、ある秘密工廠で開発される事になったという。その秘密工廠が、まさにこの鉄の墓場だという話だった。
正直、ピンとこない。しかし、目の前で流暢に話すこの鋼鉄の獣を目の当たりにすれば、信じない訳にはいかないというのも事実だった。
『ところで、フォーレックスとは、私の事ですか?』
「ああ、そうだけど……いやだったか? なんとかレックス、で、フォー、だって聞いたから」
『いいえ、悪いわけではありません。なるほど、愛称という奴ですね。とても新鮮です。これからはそう呼んでください』
尻尾を機嫌のよい猫のようにくねらせながら、フォーレックス。口調は相変わらずの女性の電子音声で抑揚もないのに、上機嫌だとアドラーにも簡単に判別できた。人間のために作られたというし、わかりやすいのは当然なのだろうか、とアドラーは首を捻った。
『状況から考えるに、おそらく私が起動前に暴走AIの襲撃を受け、放棄されたのでしょう。あるいは、交戦中に状況が変化した? いえそれなら私を放置する必要もないですね。自家発電装置などの重要設備も移動させるはず』
「あのさー、ちょっといいかな?」
『なんでしょう?』
「ここにたどり着くまでに、魔獣が束になって死んでるのを見たんだけど、もしかしてフォーレックスがいう暴走AIってのが、魔獣の事なのか?」
『ふむ。アドラー、貴方の知る魔獣というのは、そもそもどういう認識なのですか? 教えてください』
「詳しい事を知ってる奴なんて村にはいないよ。ただ、人でも獣でもなくて、見つけ次第人間に襲い掛かってくる、”枯れる鋼鉄”の殻を持った化け物の事をそう呼んでるんだ。ずっと昔からいるらしいけど」
『枯れる鋼鉄、ですか。バイオメタルの事をそう表現するのですね、興味深い。恐らく、私の知る暴走AIと魔獣は起源を同じくするものでしょう。ただ、少々気になる事はあります』
「なんだよ、気になる事って」
アドラーの問いには答えず、フォーレックスは首をもたげて周囲を見渡した。廃墟同然の部屋は、おそらく彼女にとっては違うものに見えるのかもしれない。
『自家発電プラントの動作が不安定です。ここに長居するべきではない。離れましょう、私の通れる通路が向こうにあります』
「あ、そうなのか?」
『ええ。外に出れない物を作ってもしょうがありませんからね。さあ、乗ってください』
「え? 乗る?」
『鞍にハンドガードがあります。それに手を差し入れて、足を固定すればまあ、なんとかなるでしょう。本来ならば専用の搭乗服を着てほしいのですが……』
ちらりとフォーレックスの視線がアドラーの服装を脚から頭まで往復する。
貫頭衣とまではいかないが、単純な造りの麻の衣服。縫い目などに少し文明の残り香がするそれは見た目より頑丈そうだが、それでもフォーレックスの搭乗に耐えるほどではない。しかしながら、正式な軍の設備に子供用の服などあるはずもないし、そもそもこの劣化状況。使える服すらあるかどうか。
通常のAIならここで頭の固い対応しかできないのだろうが、そこは不合理許容性AI。無いものは無いので仕方ない、と鞍を差し出す。
『乗ってください。衣服に固定部位がありませんので、靴と手を、それぞれソケットに。そこで固定すれば、まあ高機動しなければ大丈夫でしょう』
「え、手と足を差し込むのか? これ?」
遅る遅る鞍に跨り、言われた通りに装着ソケットに手と足を差し入れるアドラー。差し入れた途端、内部の機材がガチリと音を立てて、彼の手足を固定する。突然の事に慌ててアドラーが手を引き抜くと、ロックは簡単に外れて手を解放した。しばし己の手に何もない事を確認した後、再び差し入れると再びロックされる。痛くもきつくもない事を確認し、指からではなく肩から引き抜こうとすると、ロックはびくともしなかった。再び指から抜こうとすると、ロックは簡単に取れる。
「???」
『ふふ。それが人類の英知というものですよ。さ、しっかりつかまっていてください』
アドラーを鞍に乗せて、フォーレックスが立ち上がる。不意に視界が高くなって、アドラーは思わず手足に力を入れた。
『そうそう、太ももの内側に力を入れて鞍にしがみつくんです。ロックがあるとはいえしっかりしがみついてないと振り落とされますよ』
「まってくれ、人類の英知というならもっとこう、ないのか!? 車とかの方がまだ安全じゃないか!?」
『そこはそれ、色々な事情がありまして。ほら、行きますよ』
言って、一歩踏み出すフォーレックス。鞍のアドラーの体が、ものすごい勢いで水平移動した。
ちなみに、アドラー、車の存在はしっているが乗ったことはない。それに対し、フォーレックスは、通常移動の徒歩でも、時速20キロを軽く超える。施設内につきある程度の制限はかかっているが、高性能センサーは闇の中でも障害物との相対距離を正確に把握しているので、割とそれに近い速度が出ている。
つまり高速移動する乗り物にのった事のない人間を、いきなり乗せて、しかも生身剥きだしだとどうなるのか?
「おわあああああああああ?!」
答え。ジェットコースターよりおっかない。
『ふむ。思っていたよりも関節の劣化は最小限に抑えられているようですね。流石ナノマシンによる保守というところでしょうか。肝心のナノマシンはほぼ全て枯渇してしまったようですが……マテリアルが補充できればなんとかなるでしょう。しかし、一体どれだけの時間が経過しているのでしょう? この施設は確かに突貫でくみ上げられたものですが、あ、亀裂発見。ぴょーい』
「ぬわあああああ?! な、なんか! なんか浮いたぞ! ふわって! ふわっと!」
『亀裂がありましたので飛び越えました』
「なんか激しく動かないって事いってなかったか!?」
『この程度、機動のうちにも入りませんよ。ウォーミングアップにも入るかどうか』
「そうなのか?! 本当に?! 本当にそうなのか!?」
『嘘をついてどうするんですか……おっと。少し腕に力を入れてくださいよ、アドラー』
「え? おわあっ!?」
急に、フォーレックスが停止する。実際には十分に減速を行った上での滑らかな、それこそ理想的な停止モーションではあったが、高機動ビークルに乗るのが初めてのアドラーには全く慰めにもならなかった。対応できずにコンソールに顔を叩きつける寸前で、それに気が付いたフォーレックスが上手く鞍を操って体勢を立て直させる。
「ひぅ、ひぃ……な、なんだよ急に?! 顔をぶつけるところだったじゃないですか」
『すいません、アドラー。ですが、厄介な不法滞在者を発見しまして』
「やっかいな不法滞在者……?」
フォーレックスに言われて目をこらすが、アドラーの目には暗闇しか見えない。フォーレックスは何を言われるでもなく、照明弾を暗闇の中に撃ち込んで周囲を照らし出した。暗闇が、鮮烈な光によって薙ぎ払われる。
フォーレックスが足を止めたのは、通路が二回りほど広くなる境目のような場所だった。見れば、複数の通路がここにつながっている、ターミナルのようなものだったのかもしれない。だがほかの通路は全て崩落した瓦礫で埋め立てられており、通れそうになかった。
そんな通路の真ん中に、巨大な何かが蹲っている。何かと、例えたのは、本当に初見ではそれが何なのか理解できなかったからだ。
その何かが動き出す。塊が蠕動し、波打ち、脈動して解れて……ようやく、それが巨大な長虫が丸まっていたのだとアドラーは理解した。
こんどは見間違えようもない。特有の質感……年経た木の幹のような、野晒しにされた巨石のようで、しかし僅かに感じる金属質の輝き。無数の多脚、感情を感じさせない赤の一つ目。
人類の天敵。魔獣だ。
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