第3話


 ツングの町。

 直前で治安が悪いと言われて身構えた優希だったが、想像とは違って町の雰囲気は殺伐としたものではなかった。

 大通りでは人々や馬車が行き交い、ざわざわとした喧噪がある。

(だけど活気はないな……)

 それでもそう思ってしまうのは人々に笑顔がないからだろう。もちろん全ての人ではないが、ほとんどの人に余裕が見えず暗い顔をしている。

 更に言うならば笑みを浮かべる少ない人のそれは、どこかイヤな感じを覚えた。人を見下しているというか、自分の優位を感じて悦に浸っているというか。


 そんな優希の届かない感想を無視して、名無しの美少女はすいすいと歩を進める。他について行く当てもない優希は彼女に着いて行くのみだ。

 彼女の歩みは淀みがなく、目的地がしっかりしているのだろう。どこまで行くのか分からない優希は、はぐれないように神経をすり減らしながらも後に続く。

 その過程で気になったのは道行く人が人間ばかりでない事。

(獣耳のオッサンに、爬虫類のウロコを持った人。あの人の肌についているのは樹皮か?)

 いわゆるの人間でない特徴を持った者たちも普通に行き交っている。誰もがそれを当然として扱っているので、ここではそれが平常なのだろう。

 優希は行き交う人をジロジロと見ないように気を付けながら美少女の後を歩く。

(まあ、後で聞けば教えてくれるだろうしな)

 そう、楽観的に考える事で思考を放棄したのだった。


 やがて辿り着いたのは宿屋。

 ギィと小さな音を立てて入り口の扉を開ければ、中から温かい空気と暖色の光が漏れてきた。

 カウンターに居た、額が眩しい男性が声をかけてくる。

「らっしゃい。と、艶姫あでひめか」

「ツインの部屋をちょうだい」

「へへ、ダブルじゃなくていいのかい?」

 美少女のことを艶姫あでひめと呼んだ額が眩しいおっさんは、優希を見つつニヤけた顔をしている。

 それを確認した美少女は黙っておっさんに背を向け、宿の出入り口へと足を進めた。

「ちょちょ、冗談じゃねぇかよ。

 もう、おふざけが通用しないなぁ……」

 美少女の足は止まらない。呆然としている優希の傍を抜け、出入り口の扉に手をかける。

「分かった、俺が悪かった! お茶をつけるから勘弁してくれ!」

「……次はないわよ」

 冷たい声で言いつつ、動きを止める美少女。そして踵を返し、眩しいおっさんから鍵とティーポットを受け取り、優希に視線で合図をして部屋へと向かう。

 少し歩き、階段を上り、そしてまた少し歩く。そうして着いた部屋の鍵を開けて中に入り、美少女は満面の笑みを浮かた。

「お茶、儲けたわね!」

「…………」

 強かだなぁと思うしかない優希であったという。


 ひとまず荷物を降ろし落ち着いた優希に対して、美少女は部屋の中の細々としたことを始める。窓の外の確認をしたり、壁の様子を確かめたりだ。その合間に部屋の様子を確認する優希。

(一言で言えば中世ファンタジーってところかな)

 椅子やベッド、彼女が持ってきたティーポットや部屋に置いてあったコップなど。そういった品々は地球に比べて洗練されているとは言い難く、やや野暮ったい印象を受ける。

 しかしながら上に吊るされたランプからは火ではありえない明るさを投げかけてくるし、そもそも部屋に入った時に入り口近くにあったつまみを美少女が回すことでランプの光がついたのだ。電気があるとは思わないが、不可思議な力の一つでもあるのだろう。

(ま、そもそもオレが異世界送りになったのも魔力だの聖力だのがあるって話だしな)

 そこら辺は追々分かるだろうと、またも思考を投げる。そのうちに美少女が2つのコップに一口程のお茶を注ぎ、まだ大部分が残ったティーポットを暖炉の上に置いた。

 それから暖炉の横にあったつまみを回すと、暖炉の中で炎が燃え盛り始める。

(おー)

 心の中で感嘆の声をあげる優希。やはり電気ではなく魔法的な何かが働いているらしいことを確認し、ちょっと楽しくなってきたところだった。

 そんな優希はさておき、コップを机に乗せて彼の向かい座る美少女。

「さて。盗聴はなし、覗きもなし。これで落ち着いて話ができるわね」

 そうして彼女はにこやかに笑う。

「まずは聞かせて。優希がどうしてこの世界に来たのかを」

「? オレが」

「そうよ。聖力を買われてこの世界に来たんでしょ? あなたの目的と、ミザストン社にどんな指示を受けたのか。まずはそれを知りたいわ」

「…………」

 期待のこもった笑みを向けられても困る優希であるが、言わない訳にもいかない。

「オレは――バイト紙を読んでいたら魔力のある人間だけ誘き寄せる魔法みたいなのに捕まって、無理矢理契約された。目的は特にないけど、こうなったら少しでも多く金を稼ぎたい。

 バイト先のミザストン社?からは素材を集めて送れば金にしてくれるとは言われた。どのくらい集めればいいかとかは一切なし。そういえば、元の世界に帰してくれるかどうかも聞いていないな」

 スン、と美少女の表情が無になった。

「それ、だけ……?」

「これだけ」

 本当にこれ以上の情報はなかったので、潔く首を縦に振る優希。

 挙句にこの世界に放り出された先がドラゴンの鼻先とか、凄まじく酷い話である。

 無の表情をみるみるうちに渋くした美少女は、やがて疲れた息を吐きつつ声を絞り出す。

「分かったわ。色々全部、私が話さなくちゃならないのね。よくわかった」

「なんかゴメン」

「…………」

 優希は多分悪くないけれども、なんとなく彼は謝った。それを聞いて酸っぱいものを口にしたような表情をする美少女。

 切り替えるようにお茶を一口飲んだ彼女は、訥々と説明を始めるのだった。


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