前日譚─5「復讐者」


宣戦布告と同時に、激突する大剣と触手。

すべての邪竜を滅ぼすべく、新たな一歩としての死闘がその火蓋を落とすのだった。


「シッ、ふっ・・・!」


それから数秒、二十ほどの殺意の火花が散った頃。


「チッ、オオオオッ!」


狙いに違わず、戦闘はすぐさま拮抗状態に移行した。

衝突を繰り返す殺意。爆発のように轟く衝撃。

人間一人の剣戟で強力な竜と対等に渡り合う姿──そう、彼もリサと同じく例外の一人だ。


とはいえ、相手のほうに分があるのは言うまでもない。

何処までいっても生物としての性能として人間は劣っている。

優位性を失ってなお、その凄まじい性能差で俺を圧倒しようとしている。


それでいて、もう一つ。


「無駄ですよ、貴様の攻撃では私の不死は超えられないッ」


この通り、大地の養分を吸った奪生緑竜ヴェルデロベはその恩恵をフルに活用して激闘の最中に傷ついた部分を直ぐに回復に回す。

分かってはいたが、何度見ても冗談のような光景だ。頭から丹田まで真っ二つという致命傷を受けながら、瞬きの間にご覧の通り。

欠損部位の形に結晶が生えたと思った直後、何事もなく復活して戦闘行動を継続するのだから驚異的と言うほかない。


これだけの激闘で相手側の息が切れる様子がないのは、そもそも竜の性能がそうさせているのか、或いは驚異的な回復は持久力スタミナにまで適応されているのか。

どちらにせよ、人間からすれば不条理だ。

誰が見ても絶望的だろう。相手側ももうなりふり構ってはいられない。

軍勢相手にあの手この手で張り巡らされていた殺意が、こちらに一点集中で潰しにかかってくるのだから、それはもういよいよもってというやつなのだが。


笑えるな、おい。


「強く、速く、そして不死身しぶとい──なるほど、やはりそういう方向性か。

知能があっても、個体差があっても、基本的には性能差で圧倒する。

そりゃそうか。どこまで技を磨いても、個体としての総合力で竜に敵うなんてのはあり得ない」


戦いながら分析する俺に、隠せない舌打ち。

いけないな、信徒を増やし続けた時はそんな余裕のない顔などしないだろう。

仮に俺に勝ったとて、あれほど狼狽えていたお前がどんなことを言うのか聞きたくなるが──残念ながら、その光景は見ることはできないだろう。


「貴様も貴様で狂っているッ。あの狙撃手の女も、鋼の軍勢も危険ですが・・・まずは貴様からだ。あの場にいた全員、生きて帰れないと知りなさいッ」

「なるほど、それならお前の体面は保てるかもな。しかし、それは不可能だよ」


見るものは見た。一歩、踏み込み。


「お前は俺に敵わない」


様子見はもう終わりだと。地を這う四足の獣の如く俺は疾走を開始した。


「・・・は、ア?」


呆然とした顔がズレ落ちていく。

袈裟から斜めに一文字。きっちり二等分された奪生緑竜ヴェルデロベが血飛沫と共に無様を晒した。

そのまま止まらず、上半身を叩き潰す。すかさず下半身の断面から生え始めた植物を蹴り飛ばし、大剣の横腹で旋風のように薙ぎ払った。

最初と同じく、身体を完全に破壊した行為は成功するが、しかし。


同じことを繰り返すつもりはないし、相手も止まらない。

無限に再生する竜も、それに追従する殺戮の業も。


「グハッ、馬鹿な、これは──」


そして趨勢は見事に逆転した。

再生するたびに直後訪れる致命傷。避けられぬ暴力の波濤によって奪生緑竜ヴェルデロベは何度も何度も殺され続ける。

性能差という概念を鼻で笑うが如く、既に見切った俺の手は畜生よろしく憐れな獲物を解体していく。


なるほど、

繰り出される一手の何もかもが稚拙だ。

これなら今まで戦った性能で劣る竜のほうが遥かに技が優れていたし、きっと恐らくこんなものよりももっと優れた戦闘技術を持つ竜がいるのだろう。

落胆はしたが、それはそれ。

殺すことには変わらないし、何よりも・・・試すのには打ってつけだ。

何より考えてみれば不思議でも何でもない。

相手の困惑する瞳が、再生されるたびに映るのに答えるように。


「そう気に病むな、これは当然の結果なんだ。

信徒を抱えて事を動かし続けた教祖あんたより、殺すことばかり磨いてきた糞野郎おれのほうが、そりゃ普通に強いだろ」


何のことはない。同じ土俵に立った時に競う分野があって、その特定分野の練度の差が此処に証明されていると。裏拳で相手の顔を陥没させながら種を明かした。

直後に、抉りながら自嘲する。


「あんたの性能を、俺の暴力どりょくが凌駕しているという足し算の結果だ」


神龍殺しジークフリート──それだけを願い、求め、戦場を渡り歩いては研ぎ澄ませてきた密度と年月。

お前たちの存在が地上に出て直後から、戦闘者ろくでなしとして鍛え続けた愚かな成果は、そう安々と超えられない。


「分かるか。神龍殺しジークフリートは塵屑なんだよ。どうしようもない馬鹿なのさ」


よって、暴力という点において敗北することなどあり得ない。

社会的な意義を投げ捨てて復讐に全振りした光狂いが、組織運営をしているようなな務めをしている生き物に後れを取るなど許されないと刻み込め。

他者を轢殺して光を目指す大馬鹿者は強いのだ。

負かした相手を糧にして、より強大になることが悲しいほど上手いから。


「それに、不死の弱点などありきたりだろう。吸血鬼伝説ブラム・ストーカーどころか、太古の神話から何度も使い古されている。

ほんの少し創作物を漁り、頭を巡らせば対処法など思いつくさ。

そのうち一つは、このように──」


殺す、殺す、殺す、そして殺す。

とにもかくにも殺し尽くす。悲鳴の一つ、抵抗の一つも認めない。


「一定以上、強さの領域レベルが違えばこの通り。不死性はただの実験台サンドバックだ」


ゆえに、検証を続けよう。


「ごぁ、ぐ、ふ・・・!」

「ほう」


と、そこで二十度目になる触手切断を機に確信へと至る。

殺害の傍ら、冷静に分析していた再生の間隔に規則性を見出す。


「やはり傷つけるより欠損させた方が戻りが若干遅くなるか。斬るより断つ。打つより砕く。刺すより抉るが有効らしい。明快だな。

しかし、中枢器官と末端で再生速度にほぼ差がないのは意外だったぞ。意識の復帰は雲泥の差だが・・・

ああ、つまり知覚の断続か。五感に穴は生じてしまう、と。


なら、これは?」


眉間狙いの触手を弾き、すかさず両目に横一文字。

眼球の奥の軸ごと根こそぎ奪えば、さて。


「がああああ、ァァァァァァッ」


予測的中──振りの精度が二秒弱ほど見事に鈍った。視神経は秒もなく綺麗に再生されたのにだ。

感覚器官が潰れたら、対応した知覚も使えなくなるらしい。

最悪、脳髄を蒸発させても思考は続いているという可能性を想定しただけに、これは嬉しい結果と言えるだろう。

どれだけ理性のない怪物であろうと、行動する際には感覚器官を経由することは避けられない。


仮により強力で理性のない怪物であろうとも、この対処法が通じるなら勝機を掴むのは何の検証結果もないよりは遥かに容易になる。

殺し方が出来てきた。個人差はあるだろうが、それを含めて同じようなケースは試せばいい。

奪生緑竜ヴェルデロベのような細胞一つで蘇るような個体など、そうそういないだろうが。

研究者たちへの手土産はこれでまた一つ用意できた。この情報で、竜狩り全体がより竜と対抗しやすいということに繋がるならば、これは大きな収穫と言っていいだろう。


「───いい加減に、しろォォォォ!!」


よほど鶏冠に来たのだろう。再生直後の奪生緑竜ヴェルデロベによるなりふり構わぬ全力の暴力はかつてないほど鋭く、強い。


「演じることはもうやめたのか?」


煽るように口にするが、内心に嘲りは皆無だ。

油断などするものか。その気になれば、こちらの方が粉微塵になるような怪物を相手しているのだ。

この先の竜を殺し続けるのに必要な検証だから行っているだけで、ただ殺すならとっくにこっちの切り札は切っている。


そう、確かに独力での情報収集には限界があったが、だからといってやめる理由もない。

俺なりの検証を続けつつ、組織を使えばいい。

俺の方針は、あの日から何一つ変わりはしない。


「殺してやるぞ、私の手で!!それを阻んだ貴様に裁きを下すッ!」


ほう、救済と来たかと意外な言葉を受けながら、繰り出される更なる暴力を見極める。


「やはりあんたは教祖だな。どこまでも単一の戦闘に向いていない」


端的に感想を呟いた後、その五月雨の如く暴力が俺を襲う。

どれもこれもが致命、変わりなし。

怒りによって激しさを増した怒涛の殺意は、まさに裁きと言ってもいいのだろう。


「逃げても無駄だ!打つ手など無い!この場で挽肉ミンチとなるがいい!」


そう逃げ場はない。だが、ああそれで?

無理や無謀を蹴り飛ばせないような者が、どうして怪物を殺せるという?


「まだだ」


裁きの連撃に気負うことなく地を蹴った。

秘めた勇気を前進用の燃料として、慌てず逸らず勝機を見切って、潜り抜けて。

四十を超えた死線を潜り抜け、奴の懐に飛び込み左胸を斬り裂いた。

奪生緑竜ヴェルデロベの裁き、見切ったぞ。


「───ッ、ああああああッ!何故そうなる!」

「悪いが、その手のゴリ押しは見慣れているんだよ。そんな風に振舞いたければ、もっと性能スペックを盛ってこい」


絶叫と共に回復する奪生緑竜ヴェルデロベはヒステリックに触手を振り回して迎撃するも、当然、それも見切っている。


「ふざけるな、どうかしている!人間の反射神経でどうにかなるようなものでは──」

「出来るさ。放っているのは所詮、同じ知覚生命体。それなら打つ手は無限にあるさ。鋼鉄師団フルメタルのように、圧倒的な暴力に対して対抗策があるのはとても当たり前だろう」

「それが狂っているというんだ!死ぬんだぞ、人間は!たった一撃を受けただけで!」


そうだな、人間は死ぬ。俺も例外じゃない。

無限に蘇る奪生緑竜ヴェルデロベや、その他の圧倒的な暴力を持つ竜たちと比べ、生身の人間は塵のように果てる。

だから綱渡りなのは間違いない。実際俺に余裕など一切ない。

この戦いの中で一瞬たりとも、恐怖が無かったことなどない。

だが、それで足が竦むと?笑わせる。


「恐れは超えた。ならば道など無限に拓けて当然だろう。

勇気と気力と夢さえあれば、大概どうにかなるんだよ」


馬鹿げている?ああ、俺もそう思う。

そんなことが出来るならみんな強いだろうが、そんなことはあり得ないと知っているとも。

だが、。だからこその光狂いなのだ。


「そして、実践できてしまえばこの通り。極めて野蛮で強力だ」


証明とばかりに、奪生緑竜ヴェルデロベの暴力を弾いて大剣で三枚に下す。

よほど戦闘者として振り切れていない限り見切れない一瞬の好機を掴み、痛快なモノとした。

何度も衝突する殺意に手足が砕けそうなほど震えるが、それを精神力で我慢する。

そうとも、そんなことで恐れて何になる?


「竜を殺す、そんな復讐心など何度も見てきたが・・・違う、貴様はそんな領域に収まっていない!

だからだろう!見えていない!私が、!」


だが、やはりだろう。奪生緑竜ヴェルデロベにも矜持があるらしい。

ならば聞き届けようか。俺は、その上で──

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