前日譚─3「思惑」
時間はほんの少し。
リサ・トロイメライは竜狩りのヤマト支部に所属する女であり、最高戦力の一つだ。
そんな彼女が何故最前線に加わっていないのかと言われれば、それは司令であるジャイロから
そんな彼女の現在地はどこか。それはある意味最も危険な場所。
もはやここは竜の巣といってもいいほどであり、この行為が最前線よりも危険だということは誰が見ても明らかだろう。
そして何故そんな場所に居るのかと問われれば
「・・・
目的である彼らが、この敵地に入り込んでいったということを掴んだから。
彼女の眼は幼少期の出来事で左目の視力が落ちている代わりに、右目の視力と聴力が格段に上がっているという特性がある。
地味ではあるが、これが幸いして彼らを捉えることが出来た。
彼らはまだ、竜狩りに所属していない。
それどころか、所属しようという意思を見せてこない。
万が一だが、彼らが人間を裏切り、そして竜に与する可能性があるため決して油断はできない。
・・・と、上官には報告したのだが、リサ個人としてはその心配は無かった。
「・・・二人のうち一人、理土月実咲。彼女がこちらに気づいたうえで、笑っていた」
二人が潜入していく様子を遠くからスナイパーライフルで構えながら見ている間に、銀髪を靡かせながら、こちらを向いて笑った。
口の動きからして、"見せてあげる"──と言っていたような気がする。
どういう気づきかは分からないが、ともかくその笑顔があまりに真っすぐなものだったから、思わず面食らってしまった。
そしてそれを信じてもいい、なんて思ってしまったのは何故なのか。
リサにその答えは出せないが、どちらにせよ観察兼スカウトをするならば潜入するほかないのは間違いなかった。
リサの身体は小柄で、そして常に訓練を重ねたからか、或いは才覚からか、敵地に潜り込むことは容易で、そして敵に感づかれない。
スナイパーライフルを携帯していることから彼女の本職は後衛なのだが、彼女はこのように潜入することも可能であった。
「・・・静かだね」
「殆どが前線に出払っているからだろうな。それに・・・」
「ヤマト支部の
リサの潜入が容易だった理由はもう一つ。
それは此処にいる眷族たちがほとんど前線に出払ってしまった挙句、
先に潜入して保護区内を調査してた
兄である
妹である
髪色の違いで兄妹には見えないが、彼らはれっきとした血の通った兄妹だ。
「連中が此処を攻めあぐねていたの理由も、予想できる。
大方、信徒になった人間の安全を懸念してのことだったのだろうが・・・」
「悪い予感は当たるね・・・。多分竜狩りも、そのあたりの目星はついたんじゃないかな」
仏頂面ながらも、眉を顰めるケイスケと、悲痛な結論に顔を歪ませるミサキ。
竜狩りの事情も、
「・・・此処の信徒になった人間は、竜に改造された。
どうやらそれは、真実だったようです」
「「・・・!」」
それを口に出そうとした瞬間、背後から聞こえた声に二人は弾けたように後ろを振り向いた。
その視線の先にいたのは、スナイパーライフルを携帯していたリサ。
予期せぬ存在にケイスケは構えようとしたが
「あ、さっき遠くから見ていた人!」
「・・・やはり気づいていたのですね」
「どういうことだ?」
ミサキとリサはお互いに把握できたが、ケイスケは置いてけぼりだ。
この状況を理解できないから、まだ警戒を解くわけにはいかない。
その様子を察してか、リサはスナイパーの銃口を完全に降ろして自己紹介の為に口を開く。
「私はリサ・トロイメライ。竜狩りに所属しているメンバーの一人です。
乞度はヤマト支部責任者であるジャイロ=キロンギウスより依頼を受け、貴方たちを竜狩りにスカウトするために着けていました」
竜狩りからのスカウト。
なるほど、自慢じゃないが名が売れたことでこうしてスカウトに来たというわけだ。
しかもただのスカウトではなく、わざわざ敵地にも関わらず素性を明かしたということは──
「俺たちの実態、その観察も兼ねているということだな」
「・・・なるほど。想定以上に聡いようですね」
ケイスケの見解は正解だった。
自身のおかれている立場を理解しているばかりか、瞬時にその答えが出るということは元々想定していたということだろう。
このように竜狩りからスカウトを受けるということを・・・。
「情報によると貴方たちは
「・・・そうだな。なら理由を話しておこうか」
しばし目を瞑り、思案すること十秒ほど。
そろそろ手を明かすべきだろうと、そう思ったからなのか驚くほどあっさりとリサの疑問に答える。
「リサ・トロイメライ。そもそも竜とはなんだ」
「・・・私たちと同じ、命の一つ。それぞれに生があり、死がある。それぞれに想いがあり、生きている存在です」
リサの解答に、少しばかりケイスケは瞠目した。
ミサキも同じくだ。二人して、模範解答ではなかったことに対して意外に感じている。
「・・・なるほど、あんたは少し変わってるな」
「よく言われます」
「・・・だけどそうだな。ある意味で言えば、その答えは俺の見解に近いのかもしれない」
疑問符を浮かべるリサに、更にケイスケは言葉を進める。
「根本的に、一口に竜といっても多種多様な生命体だ。
知的生命体であったり、知能が一切ない存在もいる。
ともかくチグハグで、しかし一般的に竜とひとくくりにしているのは・・・それは一般的に人間を襲う天敵だから」
恐怖、脅威・・・心を占める感情が大きいからこそ見落としがちな単純な疑問。
竜とは何か──それを誰もが納得いく答えなど誰も持たないだろう。
持つ余裕もないのだ。たとえ後方の研究者であっても、今頃頭を抱えているに違いない。
「でも、竜と呼ばれた者たちの共通点は他にもあるんだ。
私たちを襲う・・・それ以外に、怪物たちは一斉にこの世に姿を現した」
続くミサキの言葉。彼女もケイスケと同じ疑問を持つ。
不自然なほどに、一斉に。
まるでフィクションが急に現実になったかのようにだ。
「可笑しいと思わないか?知能があるかどうかもバラバラ、身体の作りも骨格から違うなんて序の口、価値観だってまるで噛み合わない。なのに一度に姿を現した。
そこに何か意味があるんじゃないか──俺は、俺たちはそう思っていた」
その言葉に、リサは確かにと小さく呟いた。
確かにリサもまた、自身のことで精いっぱいだったから彼らのような疑問はなかった。
彼女は彼女で、重苦しいほどの思惑を背負ったまま竜狩りに参加しているのだから。
「だけど結論、何も分からない。
幾度も幾度も、色々な竜を殺してきたが・・・残念ながら手掛かり一つ見つからない。
独力の限界を、俺たちは思い知ったということだよ」
殺してきたが、という言葉にリサは眉を顰める。
だがしかし、今はリサの価値観を表に出さぬように喉から出てきかねない言葉を堪え、あくまで組織に所属する一人として対応を続ける。
「だから・・・貴方たちはわざと竜狩りに借りを作るために、私たちに姿を見せた上で、手を焼いていた
「そうだ。確かに戦う意思があれば竜狩りには入れるだろうが・・・それじゃ遅いんだよ」
そう、独力が限界ならば組織を頼る。
下っ端の隊員では、ケイスケの疑問を調べる暇はないのだ。
だから最速で竜の真実に迫れるかもしれない上層部に張り付く。
その見返りはそれこそ
"俺たちは特級の竜殺しだぞ"という意味合いを込めて名売りを唐突にし始めたということだ。
衝撃を与えるのは一瞬であるべきである。
それが物事であれ、殺意の籠った一撃であれだ。
「・・・もちろん、竜を殺すのは俺の復讐でもあるんだけどな」
先ほどまで語られた変わった切り口とは裏腹に、最後に発せられたのはどこまでも竜狩りにとっては珍しくもない復讐という動機。
ああ、彼もかと・・・リサは自身がどこまでも世界と噛み合わないことに辟易しながら、しかし現在出せる手札を出し切ったケイスケたちのことを納得することが出来た。
最初から最後まで、嘘を言っているような様子はない・・・ただ単に、最後の一言には底知れないほどの殺意が在った、それがどこまでもリサにとっては噛み合わない。
そして、ふとミサキのほうに視線を向けてみれば・・・何か考え込むような表情をしている。
二人で名乗る
リサには分からないが、だがこれは私情だ。挟むべき思考ではないと判断し、遮断した。
相手の思惑は全て語った。後は
いかなる傷も一秒で回復する不死性を持つ竜を、果たして彼らは持っているのか。
聞けば大剣一つで戦場を戦い抜いたらしいのだが、それでは殺せないはず。
「・・・わかりました。二人の思惑と、その手腕。竜狩りという組織としても決して損にはならないと思います。ですが」
「
リサの口から出そうだった疑問を、ミサキは先んじて答える。
こちらの出せるだけの手札は此処で出し切ってしまおうと腹を括ったのだろう。その言葉に、迷いの一つもありはしない。
「そっちとしても、俺たちとしても、共同戦線が必要だ。
手を組もうか、リサ・トロイメライ」
此処に異論を唱える者はいない。
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