前日譚─2「臨界突破」
「ああ、やったぞ・・・!」
「
眷族と思われる竜たちの歓声に反し、主の姿は見えない。
しかしその触手の動きは間違いなく、眷族たる彼らのものではない。
速度が違う、密度が違う、威力が違う。
精鋭であった鋼の兵士たちの防御も回避も何もかも、その竜の本体たる性能が圧倒する。
幾度も言うが、竜は怪物である。
生物としての性能差は言わずもがな、様々な化学力を用いた対抗手段でも竜の脅威には抗うのが現状では精いっぱいなのだ。
その理由はこの戦況の変化を見れば明らかだ。
実力のある竜が、眷族を率いて本気で殺そうと思えばこの通り。
科学を最大限に使い、どれだけ心に決めようとも、どれほど年月を懸けて鍛えようとも、一般論として怪物には根本的には勝てる見込みはないのだ。
素手で人間が熊を倒すというものが、普通ならば夢物語なのと同じように。
更に───
「無駄ですよ、無駄無駄」
何人もの兵士が犠牲になりながらも、ようやく一本の触手を斬り裂けたとて、その切り口から一秒も経たずに再生する。
これは情報通り、本体はできた傷が秒で回復できてしまう・・・一種の不死性を持つのが特徴の竜だということが分かる。
「なるほど、強いですな」
「ああ、流石に敵対しているはずの人間を信徒として取り込む竜だけはあるわ」
大地にある養分を吸い取り、それを力とする植物を纏う怪物であるという情報があるのだが、しかしその本体の情報が中々手に入らなかったのだ。
そして厄介なことに、ご覧の通りに眷族がいることは確かなのだが・・・あの竜は一部の人間を味方につけている。
竜狩りという強者に守られる戦えない人々を弱者よ呼ぶ場合、その弱者は常に情勢に踊らされるのが当然の摂理だ。
守られて信仰を抱くことも、また守られることなく傷ついて絶望することも、そのどちらになるのかも分からない状況にいる人間も、複雑怪奇に事情が絡んで、そして弱者は更に弱っていく。
そんな追い詰められた弱者が望むのはそう、一発逆転の救い・・・万人に優しい救いに他ならない。
その扇動をあの
元は保護区だった場所を占拠し、そこを拠点として様々な人間を取り込んだ。
徐々にその勢力は強くなり、人間という人質を取られた上に、更に竜の信徒となった人間がテロを起こすなど、ヤマト支部は手を焼いていた。
迂闊に攻めるわけにはいかない。人間に被害が出てしまうから。
しかし手を出さないわけにはいかない。奴らは勢力を増しているから。
よってヤマト支部は最低限として現状維持を行うために競り合いを続けていた。
それが問題の先延ばしとなり、じり貧となるのが分かったうえでだ。
だが今回は明確に違う。違うからこそ、現状の出せる精鋭をすべてつぎ込んでいるのだ。
竜が現れてから幾度も肩を組んで生き延びてきた戦友が散ろうとも、この戦いにジャイロは全てを懸けている。
「──そうさ。許せとは言わねぇ、これは俺の不徳だ・・・否定なんぞ出来るかよ」
ジャイロは砕けんばかりに鋼の拳を握りしめる。
どれほどの時間、このような歯がゆい思いをしてきたか。
自分たちが守れなかった人々が、こうして怪物に救いを求めて更なる混沌へと進む様は引き裂かれるように心が痛かった。
こんな世界を望んだわけがない。
こんな選択をして生きなければならないなんて、思ってもみなかったはず。
怪物に味方をした事実に怒りを向ける前に、竜狩りである自分たちが守れなかった涙がこれほどに膨れ上がっている事実──堪えられるはずがないし、堪えたくもなかった。
「兵士の、軍人の、竜狩りの誇りは・・・何かを滅ぼすことじゃねぇ」
そう、力を誇る暇なんてない。
そもそもその力はどう使うか、というより誰の為に使うかだ。
それは無論、戦えない人々を、夢を、未来を守ること。
「流れた涙を止めた数こそが・・・
だが、現実はどこまでも厳しく、悲痛だ。
ジャイロは聞き逃さなかった。
あの眷族たちが、自分たちを見て「化け物」と呼んだこと・・・既に司令であるジャイロは、この眷族たちの正体をある程度予想がついている。
痛ましくて仕方がない。
そうなってしまった責任は、間違いなく自分にあるのだと知っているから。
だから、そう──
「往こうぜ、
だからこそ
「───あらゆる
刹那、空間に轟く駆動音。
現在のヤマト支部を統べる男の歯車が動き出す。
右の眼光と鋼の四肢は紫色に輝いた。
いかなる怪物も屠るために、破壊に適した力を鋼に込めて──
「
響き渡る鋼の最新兵器。
竜という怪物を殲滅するために自身を煮えとして完成させた鉄拳を振りかぶり、部下たちを襲う触手へと飛び掛かり──
「なッ・・・!?」
振るわれた拳、それが触手に直撃した瞬間・・・紫色の結晶に変化して脆く砕け散った。
それだけでなく、砕かれた触手が再生しない。
いや、再生はしているのだが遅い。
普段の数十倍もかけて、砕かれた触手を再生しようとしている。
「狂っている・・・!」
姿は現さずとも、ジャイロの姿は捉えているのだろう。
紫色に輝く破滅の腕は、自壊しているかのように罅が入る。
その様を、確かに竜たちは全員見ていたのだろう。
その動揺がこの戦場を通して伝わってくる。
奴は自壊していくのを理解しながら、この暴挙に出た。
「ああそうだよ。だから今まで使おうにも使えなかったんだ。
お陰で歯がゆい思いをし続けたって訳だ、たまんねぇよな」
それを、ジャイロは犬歯をむき出しにして笑う。
この兵装は、あらゆる物質を脆い結晶に強制的に変換する性能を持つ。
不死性のある生物が相手でも、ご覧の通りその機能を大幅に遅らせる。
これがもし、脳や心臓に直撃でもしようものなら──
「ちィィ・・・!」
その末路を想像した
この展開は眷族たちから見ても初めてだった。
「ですが・・・眷族を増やした上で、直々に私が出れば───ッ!?」
不穏な言葉と共に、
竜の声色も更なる動揺で言葉を失ったのだろう、何が起きたのかを語る気配もない。
よって、眷族たちは総崩れ。隊列は僅かの間だが揺らぐ。
そしてその揺らぎこそが致命・・・それを見逃す
人間の無事を、という躊躇さえない。
もうジャイロには何が起きたのか分かっている。
「鏖殺だ、邪竜にひれ伏す走狗ども。煌めく鋼の輝きに一切残らず砕け散れやッ!
我ら
それらしく演じ、部下たち共々自軍を鼓舞する。
戦況は一気に傾いた。
より奮起した部下たちが眷族たちを蹴散らして、そしてジャイロは本体の触手を次々に打ち砕く。
「さあ!舞台は出来上がったぜ!
その目で見届けろよリサ!奴らが相応しいかどうかをな!」
自壊していく四肢に構わず吼える、退かぬ──むしろ殺す。
まだ生きている守るべき民たちに希望を見せるように演じながら、心の底で眷族たちに詫びをしながら、鋼鉄の腕を振るい続ける。
壊れていく体に遠慮するなどあり得ない。
何故ならそう──全てが終わった先を生きる人々の為ならば、この身が使い物にならなくなってもいいのだと心に決めているから。
ただ、そう・・・
「お前はこんな破綻者を見習うんじゃねぇぞ。リサ」
上官として、先達として、決してこんな禄でもないことをするんじゃないぞと呟きながら、竜の眷族たちの鏖殺を続けていた。
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