突拍子もない回答

CHOPI

突拍子もない回答

 彼が時折見せる、感情をどこかに置いてきてしまったかのような『無』の色の瞳。そんな瞳を見て周りの子たちはびっくりするようで『どうしたの』『大丈夫?』と口々に彼に聞き始める。その彼女らの声にふと我に返って彼は『全然、ぼーっとしてた』とカラリ、と笑って言うけれど。

 ――嘘つき。あれはきっと、大丈夫なんかじゃない。


 「おつかれー、今日一人なの?」

 大学の講義後、一人開けた場所に置いてあるベンチに座る彼を見つけた。彼の横が開いていたからそこに腰を下ろしつつ、彼に声をかける。彼は声をかけられるとは思っていなかったようで一瞬肩を跳ねさせて『あぁ、お前か』と言った。

 「まぁ、一人。っていうか、さっきまではみんなで授業うけてたんだけど、この後一コマ俺だけ空いてるからさ。アイツらに合流するまでどうしようかなって考えてた」


 「ふーん、そっか」

 私は自分から彼に聞いたくせに、随分とそっけない返事をしてしまったな、と密かに心の中で反省をした。二人の間に落ちる沈黙。まだ沈黙が心地よく感じるほどの間柄ってわけでは無い二人だから、その沈黙が嫌に重たく感じた。どうしよう、なにか喋らないと。少し焦っていると、今度は彼が声をかけてきた。


 「お前の方こそ、今日は一人なの? いつも一緒にいる子、どうした?」

 「今日は休み。風邪ひいたんだって」

 「あちゃー……。大変だな」

 「うん、この後適当なもの見繕って、お見舞いがてら渡しに行くつもり」


 そっか、と彼は納得して頷いた。また途切れる会話、訪れる沈黙。でもこのままここを去る気にはどうしてもなれなくて、そのままここに座っている。不意に彼が言った。

 「なぁ。お前はさ……」

 その続きが音になることは無かった。私は彼の方へと視線を向けた。彼は時折見せる、感情をどこかに置いてきてしまったかのような『無』の色の瞳をしていた。口は何か音を探しているように見えたけど、結局音が形作られることも無く。『無』の瞳の色の彼はそのまま固まっていた。


 こうなってしまった時の彼に掛ける声の正解を、私はいまだに探している。『どうしたの』『大丈夫?』なんかじゃだめだ。それはもう返し方が決まっている問であって、彼の本当の言葉を聞ける問いではない。必死に頭を働かせて、大学の講義以上に神経を集中させる。だけど正解の言葉は出てこない。一瞬なのか、それとももっと言葉を探していたか。体幹時間がかなり狂う程度には必死になって。そんな中、ようやく探して出た言葉は。


 「        」


 その言葉で彼の瞳から『無』が消えた。鳩に豆鉄砲、ということわざが頭をよぎった。そんな彼は目をパチパチと瞬いた後、少しの間を開けて言った。

 「……そっか」

 きっと私の彼へかける言葉の正解はこれじゃなかった。だけどそれでも彼の中に私を少しだけ残せたとしたら。……もしそうなら、良かったかもしれない、と思った。


 その後も二人並んでベンチに座っていた。少し熱くなり始めた5月下旬の日差しの中、私が小さいながらも確かに彼の心の水面に一石を投じた瞬間の出来事だった。

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