第25話 ご褒美?

「部屋になってるな」


 麗羅の手を借りて、棚と箪笥を組み立てたオレは有紗と璃々夜の部屋に訪れて、進捗状況を確認した。

 今までは無駄に広い物置としか使われていなかった部屋は、立派な子供部屋になっていた。

 四人で組み立てた二つのロフトベッドには布団がセットされ、ベッドと一体化している収納スペースには、段ボールの中に姿を隠していた物が彩りよく飾られている。


「どおですか、お兄さん。これが新しいわたしたちの部屋ですよ」


 オレが部屋に入ると、気付いた有紗が歩み寄って来て、やや自慢げにドヤ顔をする。


「そうだな。すげぇ、女の子の部屋って感じだ」

「なんですか、その感想」

「いや、マジで女の子の部屋。そんな感想しか出ない」


 必要な物以外はほとんど持ってない30手前のおっさんには、なんか輝いて見える。

 キラキラピカピカって、まるで神聖な領域のような――何訳のわからないこと考えてんだか。


「うん。イメージしてた通りでいい感じだよ。二人ともお疲れ」


 オレと一緒に来ていた麗羅も部屋の中を見渡し、二人の労をねぎらった。


「もうホント疲れたよ~。最後まで手伝ってくれると思ってたのに、誰かさんはさっさといなくなっちゃうし」

「組み立てるのは大変だから手伝ったけど、片付けは自分の仕事でしょ」

「そうかもしれないけど……(ねぇ、抜け駆けとかしてないよね)」

「……(何言ってるの? そんなこと……できるわけないでしょ)」


 何やら有紗と麗羅の二人はコソコソ話を始めた。

 仲のいい姉妹だな。オレが役立たずだったなんて悪口を言ってないといいが。


「おじちゃんおじちゃん」

「うん?」


 クイクイっと袖を引っ張られる感覚がしたので、視線を下に下げると璃々夜がいた。

 ちょいちょいと手招きをするので、腰を下して視線の高さを大体同じくらいにすると、璃々夜が耳元に顔を近づけて、小さく呟いた。


「おじちゃんもリリヤのベッドで一緒に寝てもいいよ」

「…………」


 こういう時、世の中の父親はなんて答えているんだ?

 娘からの添い寝のお誘い。

 変に意識して狼狽える父親はいないだろうが、残念なことにオレは純粋な父親ではない。

 父親代わりになったばかりの叔父で、これまで子育ての経験のない素人だ。


「あ、いや、それは……どうなんだ?」


 突然のお誘いに、オレは変に意識して狼狽えてしまった。

 こんな第二次性微すら始まってないような子供相手に。


「おじちゃんはリリヤと寝るのはイヤ?」


 義姉さんと同じブルーの瞳が、微かに揺れながらオレを見つめている。

 拒否したらすぐにも涙に濡れそうな、そんな儚い印象を抱く。


「嫌なわけないだろ。じゃ今度一緒に寝るか」


 迷ったのはほんの一瞬だ。こんな子供相手を意識するなんてバカらしい。

 オレは父親代わりとして、添い寝の申し出を承諾した。するとリリヤは目を細めて嬉しそうな満面な笑みを浮かべた。


「うん! おじちゃん大好きっ」


 一緒に寝ることの何がそんなに嬉しいのか、璃々夜は飛び掛かるように抱き着いてきた。


「うおっ……」


 しゃがんでいた所にダイブされたので、バランスを崩し転倒しそうになったが、男の意地で何とか踏みとどまった。


「璃々夜っ、何してるのっ!」

「抜け駆けはそっちだった!」


 二人は焦った様子で、オレに抱き着いている璃々夜を見る。


「リリヤとおじちゃんは一緒に寝るんだよぉ」

「おい、璃々夜」


 この状況とその言葉は誤解を与えないか?


「叔父さん……」

「お兄さん……」


 ほら、二人が軽蔑する感じの目でオレのことを見下ろしてきた。


「いや、待て、誤解だ。ただ添い寝するだけのことだ。やましいことなんて何一つない」

「当たり前です。よりにもよって璃々夜にそんなこと……許されませんよ」

「やっぱりお母さんに相手にされなかったからロリコンに? (それはわたしとしても有難いけど、璃々夜まで対象ってさすがに――)」


 うぐっ……所詮オレは恋人の弟ってだけで、義姉さんに相手にされてなかったのは事実だが、もう少し優しい言い方をしろ。

 有紗の刃物のような容赦のない一言は、30になるナイーブなおっさんの胸を深く抉る。


「……とりあえず終わったなら、休憩にしよう。お腹空いてるだろ」

「あっ、誤魔化そうとしてますね」

「お姉ちゃん、お腹はさすがに空いたよ」


 麗羅は誤魔化されませんっと目を光らせるが、有紗は控えめに自分のお腹を擦った。

 当然お腹が空いているだろう。オレたちは家具の組み立てを優先して、昼食をまだ食べていない。

 おっさんになれば一食くらい抜いても問題ないが、成長盛りの子供が一食抜くっていうのはなかなか辛いはずだ。自分の経験でしか言えないが。

 今までは部屋の模様替えという目的があったから空腹も紛れていただろうが、やることが片付いた今、空腹が徐々に身体を蝕んでいるに違いない。


「それは……叔父さん、食べ終わった後にお話をしましょう」


 麗羅も自分のお腹を触って空腹具合を確認し、食事を優先することを選んだようだが、話が一時的に伸びただけだった。

 どうやら誤魔化すことはできないらしい。


「さぁ璃々夜、何を食べるか? オレが作ってやろう」

「あっ! 今度は私のリクエストに応える番ですっ! 約束したはずですよ!」


 それはオレもちゃんと覚えている。

 昨日はショッピングモールへ出向いたので、昼と夜は外食になってしまったため、手料理を振舞う機会が無くなってしまった。

 朝は朝で色々とあったので、麗羅がシャワーを浴びている間にまた勝手に用意したので、実はまだ麗羅のリクエストには一度も応じていない。

 だが、ここはあえて――


「あれ? そうだったか? でも、今日のMVPは璃々夜だし、ご褒美は必要だよな」


 ――忘れたフリをして、璃々夜を優先する素振りを見せる。

 実際、璃々夜がいなかったらまだロフトベッドは完成していなかったかもしれないし、ご褒美をあげるくらいしてもいいと思う。

 まぁ、オレの手料理じゃご褒美にならないかもしれないが。


「ホントっ? リリヤねぇ、あれ食べたい。スパゲッティの卵のやつっ」


 でも、璃々夜はとても嬉しそうだ。幼い子供は単純で助かるな。


「スパゲッティで卵? カルボナーラか?」


 パッと思い浮かんだのはそれだった。


「それっ! カルボニャーラ」

「カルボナーラな、カルボ・ナー・ラ」

「カルボニャーラ」


 璃々夜の幼い口では上手く発音できないのか「ニャーラ」になってしまう。なんだか、ポケットなモンスターに出てきそうだ。

 そう言えば子供の頃はゲームをやってたな。まだ平仮名も読めなかったから、主人公とモンスター全ての名前が「アアアアア」だった覚えがある。

 とりあえずボタンをずっと押してたら、そんな風になってた。

 どんだけ主人公は自分の名前が好きなんだよ、ナルシストかって今ならツッコミを入れるな。


「むっ……」

「あの~お兄さん、璃々夜にご褒美をあげるのはいいことだと思いますけど……お姉ちゃんの要望にも応えてあげてください(怖いんですけど)」


 オレと璃々夜で話を進めていると、有紗が遠慮がちにそう言ってきた。

 視線を二人の方に向けると膨れっ面の麗羅。

 長女の仮面を投げ捨て、いじけた子供のような反応は可愛いな。ちょっと意地悪が過ぎたかもしれない。

 昨日あれほど楽しみにしていたのに、またお預けは可哀そうだ。

 けど、璃々夜に作ってやると言った手前、そちらを反故にするのも忍びない。


「なら、麗羅は夜ご飯の時にしよう。一緒に作ってみるか」

「一緒にですか? 叔父さんと私で?」

「ああ、二人のこと任せるわけだし、麗羅がどれくらい料理の腕があるのか確認しておきたいしな」

「それは思ってたのと少し違いますけど(ご飯を二人で作る……まるでカップルみたい)」

「嫌か?」

「いえ、是非それでお願いしますっ!」


 一転して麗羅は凄く嬉しそうな顔で頷いた。

 何がそんなに嬉しいのかはオレには理解できないが、やる気があるようでよかった。


「よし、とりあえずカルボナーラを作るか」


 璃々夜から離れて、オレは自然な感じで部屋を出ようとするが、部屋から廊下を一歩出たところで、裾を引っ張られるような感覚がして、前に進めなくなる。

 まさか今頃になって事故物件特有の心霊現象が……オレはおっかなびっくり振り返ると、そこには見たこともない女性の霊――ではなく、笑みを浮かべる麗羅だった。


「お話は忘れないでくださいね」

「…………はい」


 どうやら誤魔化しきることはできなかったらしい。

 改めて話すほどのことか?

 これから小学三年生になる、現状小学二年生の八歳児に添い寝するだけだぞ。

 オレが何かいたずらするかもって疑ってるのかっ。

 いくら何でも信用なさすぎ――いや、自分の行動を思い返せば信用されないのかもしれない。だが、それは麗羅が寝ている間のことで気づかれていないはずだ。

 もしかして実は気付いてる?

 だから釘を刺そうとしているのか?


「麗羅……もしかして気付いてるのか?」

「? 何をですか?」


 恐る恐る尋ねると、問いかけられた意味が分からないのか、麗羅は首を傾げる。

 きょとんとした顔を見れば、それが演技でないことはわかった。


「いや、何でもない」


 これ以上変なことを言って、無駄に疑われるのは避けたいので、オレは素直に従うことにした。

 別にやましいことはないんだ。堂々としていればいいだけだ。

 そう自分に言い聞かせて、オレは胸を張る。


「一人で納得しないでください。気になります」


 裾を引っ張る力が強くなった気がするが、腹を空かせる三人のためにも、そんなことにかまけてる余裕はない。

 オレは裾を引っ張る麗羅ごとキッチンへ向かった。

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