第24話 何も変わらないわけがない

 有紗と璃々夜が使う家具を全て組み立てた後、二人は早速荷物の整理を始めた。

 その間にオレは自分が使う棚と箪笥の組み立てに取り掛かることにした。


「手伝いますよ」


 そう言って手持ち無沙汰になった麗羅が、協力を申し出てくれた。

 それから二人で作業を始めると――


「それ上下が反対じゃないですか?」


――ロフトベッドと比べると難易度はそれほど高くないが、監督――じゃなくて、璃々夜が指示を出してくれないので、オレはちまちまとミスを犯す。


「そうか?……ああ、そうだな」


 オレは手にしていた棚の側面になる板を改めて確認した。


 言われてみれば孔の位置が違うような……なんで内側に上下の表記をしてないんだよ。あるいは上下対称にして上下なんて概念なくせばいいだろっ。


「叔父さんはこういう作業は苦手ですか?」

「残念ながら、得意ではないな」


 素直に苦手と言わなかったのは、年上としてのプライドだ。しかし、そんなオレの考えを見透かしたように、麗羅は小さく笑った。


「なんだよ」

「いえ……お父さんは得意だったので」

「知ってる。オレができなくても兄さんがやってくれたから、できるようになる努力をしなかったんだろうな……まぁ、人生に必ず必要なスキルじゃないし、頻繁に買い替える物じゃないしな」


 簡易的な組み立て式は、ちゃんとした物と比べると耐久性は劣が、だからって頻繁に壊れるものでもない。


「そうですね。でも、こういうのをテキパキ組み立てれる男の人は素敵だと思いますよ?」

「そういうもんか?」


 女の子からすると、そういうものなのか?

 まぁ、だからと言ってアピールポイントとして鍛えようとは思わないが。

 姪っ子にアピールしても仕方ないし。

 オレたちは血縁だ。叔父と姪の三親等。

 結婚なんてできやしな……って、何でそんな当たり前のことをわざわざ考えてんだ?

 そんなこと考える必要なんて――ないはずだよな?


「………………」 


 なのになんだ、この胸に引っかかる感覚は……。


「どうかしましたか?」


 黙り込んでしまったオレを心配してか、それとも不思議に思ったのか、麗羅は小首を傾げていた。


「いや……なんでもない」

「別に組み立てれないからって叔父さんをダメって言ってるわけじゃないですからね」

「そんな心配はしてない。それに組み立てれないわけじゃない。間違えて、時間がかかるだけだ。そのうちできる」

「そうですね。じゃ入れちゃいますね」


 オレが持っている側面の板に向かって、麗羅が天板に取り付けられたダボを差し込もうとしてくる。


「ちゃんと持っててくださいね。中に……入れちゃいますから」

「………………」


 オレは板を押さえておくが、思いの外グッと力を入れられて、バランスを崩しぐらついてしまった。

「しっかり持ってください。じゃないと奥まで……入りませんよ」

「…………わざとじゃないよな?」


 何と言うか……言い方が妙に気になるな。


「はい? 何がですか?」


 オレの問いかけに麗羅は不思議がって首を傾げた。


「いや、わざとじゃないならいいんだ」

「そうですか……なら、奥まで入れますよ」

「やっぱりわざとだろっ」

「何がですかっ」


 さっきから「入れる」って……変な風にしか聞こえん!

 思わず叫んでしまったが、麗羅は驚いた様子を見る限り、本気でそんなつもりはなさそうだ。

 冷静になれば中学生の女の子がそんなこと意図して言うはず……は、なくもないかもしれないが、少なくともオレが知っている麗羅はそんなこと言う子ではない。

 ただダボをダボ穴に入れようとしているだけ……って、当たり前のことだ。

 オレは何を意識して……オレがおかしいだけだろ、完璧に。


「あの、叔父さん?」

「あ、その……オレの勘違いだ。忘れてくれ」

「勘違いですか、何をどう勘違いしたのか気になりますが――」

「気にするな。人間は勘違いして生きる生き物だ」

「そうですね……気にしないことにします。何をそんなに隠したいのか気になりますけど、気にしません」


 滅茶苦茶気にしてるじゃねぇかっ。

 思わずツッコミたかったが、気にしないと言ってくれている以上、藪をつく必要はないだろう。

 実際に麗羅はそれ以上追及してくることなく、オレたちは作業を再開した。


「ちゃんと奥まで……入りましたね」


 麗羅はギュギュっと板を押し込み、それ以上入らないことを確認して、笑いかけてきた。

 だから……わざとじゃないんだよな? 


「叔父さん、次はこれですよね?」

「そうか。よし、入れてくれ」


 わざとじゃないらしいので、オレもあえてそんな感じに言ってみた。


「それじゃいきますね。確り押さえておいてください」


 特に恥じらう様子もなく、麗羅は真面目に作業を続けた。

 どうやら、本当にオレの勘違いだったようだ。

 参ったな……あんなことを2日も続けたから、変に意識してるのかもしれない。

 もしそうなら、自業自得だ。


「次は……あ、これですね」


 それにしても、なんも変わってないな。

 麗羅の普段と何も変わらない様子を見て、そんなことを考える。実は朝からずっと気にしていることだ。

 何が気になるって? 

 そりゃ朝起った脱衣所でバッタリ遭遇だ。

 数年前は一緒に風呂に入るのなんて当たり前だったから、変に意識することじゃないだろうが、麗羅も成長してお年頃になったわけだ。

 年頃の女の子にフルで見られるのは、30手前のおっさんもさすがに少しは思うことがある。

 なのに麗羅は全く気にする素振りがなく、いつもと変わらない。

 オレのなんて気にする価値もなかったってことなのか。さすがに傷つくぞ、それは。

 別に自慢の息子ってわけじゃないが……男として傷つく……。

 うん? どうして傷つく必要があるんだ?

 姪っ子が反応しないくらいで……。

 寧ろ姪っ子が反応したらダメだろ。


「それでは次の行きますよ」

「…………」

「叔父さん?」

「……なんだ?」

「だらか、次の行きますよ?」

「あ、ああ、もちろんいいぞ。ドンと来い」

「それじゃ入れますね」


 もう慣れた様子で麗羅は棚板に取り付けられているダボをダボ穴に差し込み、グイグイと上下に揺らしながら、奥まで入れてこようとする。


「……そう言えば、朝は悪かったな。変なモノ、見せて」


 麗羅は何もなかったように振舞ってくれていたのに、オレは自ら蒸し返した。

 何も反応がないのは、男のプライドが多少なりとも傷つく。少しくらい恥ずかしがったり、戸惑ったりしてくれてもいいだろ。そんな軽い気持ちだった。

 まぁ、どうせ、オレのを見たからって何かリアクションがあるわけじゃ……。


「…………」


 麗羅をチラっと見ると、驚くくらい顔が真っ赤になって、目を真ん丸に見開いていた。

 驚きすぎて声が出せないのか、口をパクパクしてる様子は間抜けだが――可愛いな、それ。


「あっ、いや……」


 まさかそんな反応するとは思っていなかったので、オレはどうすればいいのかわからず、口ごもった。

 なんだよ、その反応。滅茶苦茶意識してんじゃねぇか。

 麗羅はオレから逃げるように顔を逸らして、徐々に視線が下がっていく。


「あ、あの、その……私の方こそ確認もせずに開けたせいで、その……ごめんなさい」

「謝られるほどのものじゃ……ああいう事故を防ぐためにも、使用中の札とかあった方がいいかもな」

「い、いいですね……それはいいアイディアです」

 

 上擦った声音で、麗羅は何度もコクコクと頷く。

 なんだ、何も感じてなかったわけじゃないのか。

 きっと、あの出来事を思い出さないように意識の外に追いやって、普段通り振舞うように努めてくれてたんだろう。

 なのにオレは自分のプライドというか都合で……でも、なんだ。すげぇホッとしてる自分がいる。

 なんだろな、この気持ちは――。

 それからの麗羅はこれまでとは打って変わって、ぎこちなくなって、ちょっとよそよそしくして、オレたちの間に気まずい雰囲気が流れ出した。

 それでも作業は着々と進んでいった。

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