第21話 おやすみ


 ふとした瞬間、意識が覚醒した。

 長かった買い物を終えて、ベッドでぐったりしていたら、いつの間にか寝落ちしていたらしい。


「やばっ、風呂とか……」


 時計を見ると時刻は21時を過ぎていた。

 どうやら一時間くらいは寝ていたようだ。

 夜ご飯はショッピングモールで済ませたからいいものの、風呂や歯磨きはしていない。

 それはオレの膝で寝る姪っ子たちも同じだろう。

 オレの膝には右に璃々夜、左に有紗、麗羅は床に座って膝がしらに手をついて、もたれ掛かるようにしている。

 わざわざこんなにくっついて寝ていると、猫のようだ。

 なんだかんだ三人とも疲れていたんだな。

 起こすのは忍びないが、このままの状態で寝るのは良くない。特に麗羅なんてその格好で一晩を過ごせば、きっと明日の朝には身体を痛めるに違いない。


「麗羅、起きろ。寝る前に風呂と歯磨きしないと」


 肩を揺すると、麗羅の身体はゆっくりとオレから離れていって――


「あっ……」


――そのままドサッと床に落ちてしまった。


「お、おい、麗羅」


 有紗と璃々夜が膝の上にいるから、ソファーから降りて様子を確認することができないが、身を乗り出して覗き込むようにすると、呼吸による肺の動きで背中の浮き沈みが見て取れた。

 よかった。どうやら生きてるようだ。いや、あのくらいで死なれたら困るが。


「眠りが深いってのは本当なんだな」


 別に狙ったわけじゃなかったが、偶然にも今朝の璃々夜の発言が正しいことを立証してしまった。

 普通なら寝ている時の姿勢が崩れたら起きるだろ。

 とりあえず麗羅は後回しにするとして、膝の二人を何とかしよう。


「有紗、起きろ。風呂に入らないと」

「うぅぅん、うーん?」


 麗羅にしたのと同じように肩を揺すると、呻き声のような吐息を漏らしながら、眠たげな顔でゆっくりと顔を上げた。


「おふろ……」

「そうだ。そんなに汗はかいてないかもしれないが、綺麗にしてから寝ないと気持ち悪いだろ?」

「お兄さんと一緒にはいる……ですか?」

「そんなわけあるかっ」


 寝ぼけているのはわかっているが、オレはアホなことを言う姪の額を指で弾いた。


「はぅち……なら、今日はいいです。お兄さんが身体洗ってくれないなら……」

「………………」


 一瞬想像してしまった。

 義姉さん似の有紗のツルツルな色白な肌と僅かな膨らみを、スポンジやタオルを使わずに素手で泡まみれにしている光景を。

 それはなんか心躍――らせたらダメだ! ロリコンになるっ!

 思わず誘惑に負けるところだったっ。

オレは理性を叩き起こして、総動員で邪念を押しのけた。

 どうやらオレの思考はまだ寝ぼけているようだ。

 いくら義姉さんの娘だからって、そんな対象にするわけ……いや、まぁ、その……明言は控えておくか。

 昨夜のことを思い返すと、あまり大それたことを言えない。


「わかった。なら、明日の朝でいいからとりあえず自分の部屋にいけ」

「んぅー、わかりました」


 ほとんど目が開いておらず、頭と身体がふらふらと左右に揺らしながら、有紗はコクリと了承した。

 それからのそのそとソファーを降りて、不安げな足取りで廊下へ続くドアへと向かっていく。

 次は璃々夜だ。


「璃々夜も起きろ。こんなところで寝たらダメだ」

「おじたん……うるさい……」


 肩を揺すると、璃々夜は迷惑そうに嫌々と首を振って、オレの手を振り払おうとする。だが、まだ小学生のしかも寝ぼけた力で大人のオレに敵うはずもない。


「うるさくてもダメだ。ちゃんと部屋で寝ろ」


 オレは璃々夜の腕を掴んでやや強引に身体を起こし、脇の下に腕を入れて引き寄せ、膝裏にも腕を通す。

 お姫様抱っこというやつだ。


「おっ、軽いなっ」


 立ち上がるとずっしりと伝わってくる璃々夜の体重。しかし想像していたよりも大分軽くて驚いた。

 抱っこして運ぶには楽で助かるが、もう少し重くてもいいと思うぞ。

 オレはそのまま璃々夜を抱えて、足元の麗羅を踏まないように注意しながら、有紗の後を追う。

 二人の部屋の中は相変わらず、すっからかんだ。

 今日必要は家具を買ったが、オレの車に積み込めるような物ではないので、後日業者によって配送されてくる予定だ。

 部屋の中では先に辿り着いていた有紗が、のそのそとした動作で服を脱いでいるところだった。


「おい、有紗、何して……」

「なにって……パジャマに着替えるんですよ」


 そりゃそうだ。

 オレは何を焦ってるんだ。


「そうか……なら。璃々夜のことも任せていいか?」

「えぇ~お兄さんが着替えさせてくださいよぉ」


 眠たげな表情のまま、不満気に頬を膨らませた。

 着替えさせるって言ったって……どうしろと?


「…………」


 オレは腕の中でぐったりと寝ている璃々夜を見下ろした。

 意識が少しでもあるのならともかく、全くない子にどうやって着替えさせればいいんだ?


「……男のオレが女の子の着替えをさせるのは問題だろ」

「なに言ってるんですか。璃々夜なんてまだぺったんこですよ。お兄さんはそんな子供に欲情する変態さんなんですか?」

「やめろ、オレをそんな安っぽい変態ロリコン野郎に落とすな」

「なら、問題ないじゃないですか。変に意識してると勘繰られますよ」


 それは確かに。

 大人としてこのくらいの子の――


「って、有紗は何してんだっ」


――視線を有紗に向けると、そこには上下セットの爽やかな水色の下着姿の少女がいた。


「何って……だから着替えて……あれ? もしかしてお兄さん、わたしの下着姿にときめいたんですか? それとも興奮したんですか?」


 先ほどまでの眠たげな様子はどこに消えたのか。

 有紗はいたずらっ子の顔でニヤニヤと口元を吊り上げた。


「半年くらい前から、胸も成長し始めたんですよ。まだ服の上からじゃわからないかもしれませんけど」


 いや、服の上からでも膨らんでるのはちゃんとわかってるからな! 何度か密着された時に押し当てられてもいるし。

 ただ、服よりも下着の方がよりその僅かな膨らみが強調されているような気がする。いや、強調という単語を使うほど大きくはないが……ブラはまだしてないのだろうか?


「なんでもいいからさっさと着替えろ。オレは璃々夜を着替えさせるから」

「お兄さんは初心ですねぇー。子供の下着姿なんかに動じちゃって」


 クスクスとからかうように笑う有紗に背を向けて、オレは璃々夜ごと布団の上に座った。それから璃々夜をオレに寄りかからせるようにして……あれ? この体勢意外にきついか?

 上を脱がせようと思ったが、こうも密着しているとオレ自身動き難い。


「あれ? このっ……クソっ」


 裾を掴んで脱がせようにも、どこかで引っかかってなかなか剥ぎ取ることができない。


「なにやってるんですか? お兄さん」

「見ての通りだが」

「なるほど、璃々夜にいたずらを――」

「服を脱がせようとしているんだがっ」

「なるほど、脱がせていたずらを――」

「パジャマに着替えさせようとしているんだがっ」


 わかってるくせに、なんでそんな危ない発言をしたがるっ!


「冗談ですよ。そんな鼻息を荒くしないで」


 鼻息……荒くなってたか?


「手伝いますよ」

「……ちゃんと着替えてるだろうな?」

「着替えてない方がいいですか? なら脱ぎますけど――」

「だからオレを変態の方向へ向けようとするな。手伝ってくれるなら助かる」


 このまま一人だとなかなか終わりそうにないので、オレは素直に手を借りることにした。


「は~い。確か璃々夜のパジャマは……こっちだったかな?」


 背後でガサゴソと段ボールを物色しているような音がして、すぐに止むと有紗がオレの前にやってきた。


「お兄さんは璃々夜の身体を支えてください。わたしが脱がせちゃいます」

「ああ、頼む」


 指示に従い、オレは璃々夜が倒れないように肩を押さえ、有紗が裾をたくし上げていくのに合わせて、押さえる位置を変えて横っ腹辺りを掴む。

うわぁ、太ってるわけじゃないのに、フニフニだな。


「お兄さん、その手の動きはなんですか?」

「……別になんでもないが」


 やはりと言うべきか、有紗はニヤニヤとオレのことを見ていた。

 いや、これはちょっとした出来心で……はい。犯罪者は大抵そう言いますね。ごめんなさい。

 明日の朝刊には「30歳になる叔父、姪っ子のお腹をフニフニする変態」で一面か?

 有紗の視線を気にしながら、それからも二人で璃々夜の着替えを済ませていく。

 一人だと上すら満足に脱がせられなかったが、協力者がいれば簡単とまでは言わないが、一人より断然スムーズに進んだ。

 なるほど、こういう時にもパートナーがいると楽なのか。


「それじゃまた明日な」

「はい、お休みなさい。お兄さん」

「お休み」


 オレは部屋の入口横にあるスイッチを押して部屋の電気を消し、なるべく音が立たないようにドアを閉めた。


「はぁー……オレも寝るか……」


 一時間仮眠したと言え、今日一日の疲れは全然消えていない。

 今でも布団に入ればすぐにでも眠れそうだ。

 ソファーはお世辞にも寝心地がいいとは言えないが、それでもぐっすり眠れるだろう。

 そう言えば今日のインテリアショップでソファーベッドなるものを見つけた。普段はソファーとして使えて、寝る時に背もたれを倒すことでベッドとしても使えるという物だ。

 これからずっとソファーで寝るのなら、そちらに買い替えるのもありかもしれないな。

 そんなことを思いながら、リビングに戻ると――


「あ、忘れてた」


――床で倒れ伏せている麗羅がいた。


「……麗羅、起きろ……こんなところで寝てたら、明日身体がしんどいぞ」


 オレはその場にしゃがみ込み、麗羅の身体を揺する。

 本当に麗羅の眠りは深いらしく、起きる気配が全くない。


「はぁ、仕方ないよな。不可抗力だ……よっと」


 自分にそう言い聞かせながら、オレはさきほど璃々夜にしたように、麗羅の脇下と膝裏辺りに腕を差し込み、フォークリフトのように麗羅を持ち上げた。


「おっ……さすがに重いな」


 重いなんて年頃の女の子に言ったら怒られそうだが、寝ているのだから問題ないだろう。


「落としたら大変だ」


 手の位置に気を付けながら、確りと腕を通し抱えて、麗羅の部屋へと運ぶ。

 途中、引き戸という難敵が立ちはだかったが、足で横へスライドさせる。

 電気は付けずに、そのまま部屋の中まで入って、掛布団の位置を足でずらしてベッドにそっと横たわらせた。


「さすがに着替えさせるのは……まずいよな……でも、1日歩いたままの服で寝かせるってのも、な……」


 また有紗と協力して――いやいや、もう寝てるだろうから、起こしてまで手伝ってもらうのは申し訳ない。

 なら、やっぱりこのまま……でも、それは……。


「…………よし」


 少し考えて結論を出したオレは、ベッドから離れてリビングに続く戸の方へ向かい、そっと閉めた。

 それから五秒くらい時間をかけて、ゆっくりと振り返る。

 リビングの光が遮断された部屋の中は、外から僅かに差し込む光だけで薄暗い。

 そう、オレはリビングには戻らずに、麗羅の部屋の中に留まった。

 部屋の片隅にパソコンが置いてある机の方へ移動して、そこにセットしてあるスタンドの電気をつけた。

 オレンジ色の暖かみのある光が、部屋の中に色を灯す。

 再び麗羅のもとへ向かい――オレはそっと手を伸ばす。

 まるでいけないことをしようとしているようで、胸の鼓動がやけに早くなって息苦しい。


 オレは一体、この子になにをしようとしているのだろうか?

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