第20話 一日の終わり
女性の買い物意欲は凄まじい。
恋人ができたら覚悟しておけ――そんなことを学生の頃、仲の良かった同級生に言われたような言われてないような、曖昧な記憶がある。
残念なことにオレは恋人ができたことはがないので、そんな経験皆無だったのだが……なるほど、この歳になってから経験することになるとは思わなかった。
「……疲れた、しんどい……買い物ってこんなに大変だったか?」
三人と必要な物を買うためにショッピングモールへ赴き、そして帰ってきたオレはぐったりしてソファーに寄りかかった。
これまでの人生で一度も経験したことのない長時間の買い物は、元陸上選手であるオレの体力をもってしても非常に疲れるものだった。
後半なんて一歩進めば体力を削られる毒沼状態――そんな気分だった。
「あはは、お兄さん体力ないですね」
「ごめんなさい……その、色々と連れ回しちゃって」
「ふあぁぁぁぁー」
璃々夜が大きな欠伸をして、ゴロンっとオレの膝上に頭を乗せてきた。
「おぉ、璃々夜はお眠か。オレと一緒だな」
一番幼い璃々夜と一緒というのは、大人として情けない限りだが、仲間がいることにちょっとした喜びのような感情が芽生えた。
ほんわかする璃々夜の仕草に目を細めながら、オレはローズブロンドの髪を撫でる。
1日中歩き回ってはしゃいでいたからか、汗で多少がさついている。
「あっ、いいなぁー。じゃあ、こっちはわたしが使わせてもらいます」
そう言うと有紗は跳ねるようにソファーに飛び乗り、璃々夜とは逆の膝に頭を乗せてきた。
「ちょっと、有紗っ」
「早い物勝ちだよ、お姉ちゃん」
「むっ――」
勝ち誇ったような笑い顔を浮かべた有紗とは対照的に、麗羅は頬を膨らませて不服そうだ。
別にそんな顔するようなことじゃないだろ?
おっさんの膝枕なんて。
「お兄さん、わたしの髪は撫でないんですか?」
誘惑的であざとい上目遣いで、有紗はなでなでを催促してきた。
写真で見た義姉さんの子供の頃そっくりな顔立ちで、そんなことされると――
「あ、あぁ」
――抗えるはずもなく、オレは自然と有紗の髪に手を這わせた。
やはりと言うべきか、有紗の髪も璃々夜と同じように多少がさついていた。
「お、叔父さん! そうやって女の子の髪を気安く触るのはどうかと思いますよっ」
怒ったように、だがどこか羨ましそうな様子の麗羅は、二人から手を離すように訴えていたが、疲れていたオレの意識は徐々に微睡んでいく。
今日は本当に大変だった――主に精神面で。
◇
「やっぱり収納性は大事だと思うんだよねー」
「でも、こっちの方が可愛いよ」
「こっちのだと二人のを足して割った感じでバランスがいいと思うけど」
家から車で40分ほどの距離にショッピングモールがある。
家具に洋服、漫画におもちゃ、さまざまな専門店が入ったショッピングモールは新生活に必要なものを買い揃えるに適している場所だ。
今はインテリアショップで部屋の模様替えをするにあたって、必要な家具はどんな物にするべきか議論されている。
2LDKの我が家では、残念なことに一人一部屋を与えることはできないので、必然的にスペースを有効活用できる家具が求められる。
その最たるものと言えば、やはりロフトベッドだろう。
勉強机とベッドを同じ平面に置くことができる立体的な素敵な家具だ。
正直自分では使いたいとはあまり思わないが、六畳程度のあの部屋に二人で生活してもらうには、こういう言った物に頼るしかない。
そのことに関して、有紗と璃々夜は笑顔で承諾してくれて、むしろこれまで使ったことのない物に目を輝かせていたくらいだ。
これならすぐに決まるな――と思っていたが、想像を超える事態が起こった。
多種多様な商品を前にした有紗と璃々夜、そして麗羅も加わって、あれがいいこれがいい、こっちが素敵と乙女モード全開にして、商品を吟味している。
既にロフトベッドの展示場に着てからかれこれ30分以上は経っている。
「へぇー今どきは梯子じゃなくて階段タイプなのか。しかもここも収納の一部になる……考えてるんだなぁー」
まだまだ決まる気配のない三人の側から離れすぎないように、オレは自分の近くの物を眺めた。
「これなんて収納スペースが多くていいと思うぞ?」
三人に対してオレも意見を投げかけたが――
「………………」
――聞こえていないのか、それともお前の意見なんて求めてないという意思表示なのか、誰も反応してくれなかった。
べ、別に寂しくなんかないからな。
姉妹揃って楽しんでいるようで何よりだ。
それから更に30分くらいが経って――。
「叔父さん、次に行きましょう」
「おっ、ようや……決まったのか?」
危ない危ない、ぽろっと「ようやく終わったのか?」と言ってしまうところだった。
女の子とデートしている時にはけして言ってはいけないランキング上位に来るNGを。
いや、デートではないがな。買い物だったな。姪っ子たちとっ。
「いいえ、他にも部屋に置く家具やカーテンなんかも見て、全体のバランスを考えたいなぁ~ってことで保留です」
「……保留?」
言われた言葉の意味を思い出すのに、数瞬の時間が必要だった。
なんだそれは? 1時間以上悩んでおきながら、決めないなんて選択肢があるのか?
なら、その時間は一体何だったんだ……。
1時間って言ったら、軽く昼寝できる時間だぞっ。1時間じゃ物足りないが。
「そうか、保留か……次は何を見るんだ?」
表情に出ないように注意しつつ、オレは訪ねた。
「今度はね、箪笥だよ。服仕舞うやつ」
「ああ、それならオレも自分用に欲しいと思ってるんだ」
オレの私服や私物は全て、麗羅の部屋に置いてある。
何かある度に部屋に訪れるなんて可哀そうだ。
30手前のおっさんが頻繁にやってきたら、なかなか落ち着けないだろう。だからリビングの一角に少なくとも服を仕舞う箪笥が欲しいと思っている。
それにそのなんだ……色々と見られたくない場面に出くわす可能性だってあるけだしな、頻繁に出入りしてたら……。
と言うことで、オレたちは棚や箪笥など収納家具が展示されている場所へ移動した。
色々種類があるが、自分が持っている服の量を考えれば、サイズを決めるのにそれほど時間はかからない。あとはデザインだが……安い物でいいか。
オレは濃い目の色合いの木目調で手頃な価格の箪笥を早々に決め、横目で三人の様子を確認。
「あのベッドに合わせるなら、こっちだと思うんだよね」
「でも、こっちの方が好きだよ」
「二人の服を入れることも考えると、たくさん入った方がいいと思うけど」
残念なことに、ここでも議論を繰り広げている。
そう簡単には決まりそうにない。
「そうだ、適当な棚も見ておくか」
私物も多少は動かしてあげた方が、麗羅があの部屋をより自由に使えるようになる。
オレは少し時間をかけてあたりを物色して、購入するものを……決めちゃうぞ。これにするぞ。そっちは決まったか? そうですか、まだですか……。
結果、更に40分以上かけてまたしても保留となった。
その後もカーテンを見に行って、そこも保留。最後にまたロフトベッドに戻って、再度議論が繰り広げられて購入の流れになった。
ようやく買える――そう思いながら、オレは店員さんを呼んで、ロフトベット、箪笥、棚、カーテンの購入意思を伝えた。
ちなみに麗羅に新しいベッドにしなくていいのかと聞いたところ――
「叔父さんが使っていたベッドを使わせてもらうので、大丈夫ですよ」
――と、なぜか少し恥ずかしそうに顔を赤くしながら、そう答えた。
30手前のおっさんが使ってたベッドのままでいいのかと、気遣ったつもりだったが、本人がそう言うのならあのまま使ってもらおう。
家具を揃えるだけで4時間以上――これまで一人でスムーズに決めてきたオレからすると信じられない時間だ。
もちろん、その他にも色々と買わなきゃいけない物もあり、やはりと言うべきか、一つ一つにかかる時間がオレの買い物とは別次元だった。
確かに今後は覚悟が必要かもしれない――そう思わせられる1日だった。
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