第22話 どんな顔をすればいいの?
「…………」
目を覚ますとそこは長年住み慣れた我が家の部屋ではなく、味気なく、つまらない部屋……ではなく、質素でシンプルな部屋だった。
私がこれまで生活してきたプライベート空間とは異なり、物静かな印象が強い。
「私……叔父さんの部屋で寝たんだっけ?」
昨日ショッピングモールで買い物を終えて帰宅した後、叔父さんがソファーで寝てしまい、璃々夜と有紗が叔父さんの膝を枕にして寝てしまった。
それを羨ましく思いながら眺めて、一人だけ除け者扱いみたいで寂しかった。
私はこっそり叔父さんの膝に手を添えて、寄り添うようにして目を閉じたのだが、そこから記憶がない。
多分、私も疲れていたから、そのまま寝ちゃったんだと思うけど、なぜか叔父さんの部屋に移動している。
私は身体を起こして一度伸びをする。
この行動は寝起きでまだ寝ぼけている思考と身体を起こすための、私なりのルーティンだ。
「あれ? パジャマになってる」
持ち上げた腕が視界に入り、着慣れたいつものパジャマを着ていることに気付いた。
着替えた記憶も私にはない。
それにこの感覚……ブラジャーも外れてる。
私はあるはずの感覚がないことに気付き、自分の胸元をペタペタと触って確かめる。
パジャマの下にはほのかな柔らかさと――いえ、自分の身体へのコメントは控えます。虚しくなるだけですから。
「それに身体も汗でベタベタして……昨日はお風呂に入ってないよね? なのにパジャマには着替えてる……これっておかしいよね?」
昨日、璃々夜が言った通り私は眠りが深いタイプだ。
仮眠やお昼寝を意図した睡眠じゃなければ、基本的になかなか起きることはない。だからと言って寝る前の記憶が無くなるようなことはなく、記憶に無いということは実際に起ってないことだと思う。
つまり、誰かが私を部屋に運んで、ブラまで丁寧に脱がしてパジャマに着替えさせてくれたってことになる。
有紗と璃々夜じゃ、たとえ協力したって私を部屋まで運べないだろうし、運べたとしても着替えまでさせるとは思えない。
私は一つずつ頭の中で可能性を潰していく。
正直に言うとそんなことしなくても、頭に浮かんでいるのはたった一人だけだ。
「これ全部叔父さんが……」
そうなるよね? 必然的に。
そう改めて思うと身体の芯から一気に体温が上昇していくのを感じる。
「そ、そりゃ叔父さんからすれば私なんて姪で、昔から裸も見慣れてるかもしれないけど、私もそろそろ年頃で……さすがに着替えさせられたり、ブラまで脱がされるのは、乙女としてやっぱりその……」
昔は叔父さんが家に遊びに来たり、お爺ちゃんたちの家でお泊りの時なんかはよく一緒にお風呂に入ったけど、それも小学生の中学年までの話しだ。
高学年になってからはさすがに恥ずかしくて、この三年間はまともに肌を見せていない。その間に胸だって成長して、少しは大人の女性らしくなったはずなのに、こんなことさも当然のようにされるのは……正直凹む。
怒りや恥ずかしさよりも、そもそも異性として見られていないことがショックだ。
もし異性と見ていれば、たとえ叔父と姪だからって、そう簡単に着替えさせたりしないだろうし、ブラを外すなんて絶対にしないと思う。
「どうせ私なんて、叔父さんの中じゃ女の子ですらないんだ……」
思わず膝を抱えていじけてしまう。
それにしても何だか……少し妙な臭いがするような……。
お風呂に入ってなかったから、汗の臭い? でも、違うと思うんだよね。今まで汗でこんな臭いしたことがない。
そう言えば昨日の朝、有紗も私から変な匂いがすると言っていた。
「もしかして病気? それともホルモンバランスが崩れたり、もしくはストレスとか?」
体臭が変化する理由を色々と口走ってみるものの、それで答えがわかるはずもなく、私は更に頭まで抱えることになった。
「……とりあえずシャワー浴びよう。また叔父さんに臭いって思われるのだけは回避しないと」
悩んでも解決することじゃないので、身体を洗って臭いも一緒に流すことにする。
私はベッドを降りて、そっとリビングへ続く引き戸を引いた。
叔父さんが起きているのか、寝ているのかわからないので、できるだけ物音をたてないように配慮してのことだ。
「…………」
しかし、リビングのソファーにはそこを寝床にしているはずの叔父さんの姿がない。
キッチンの方を見ても姿がなくて……もしかしてトイレ?
なら、戻ってくる前にお風呂に行かなきゃ。
戻ってくる際に鉢合わせて、また臭いを嗅がれるわけにはいかない。
私は少し急いで部屋を移動する。
脱衣所の前までは叔父さんに会うことがなかった。
トイレからは物音がして、やっぱり叔父さんが入っているようだ。
「よかった。これで臭いを嗅がれる前に――」
安堵しつつ引き戸をスライドさせると、脱衣所には――全裸の叔父さんがいた。
身体を拭いているわけでもなく、腰にタオルを巻いているでもなく、化粧水か何かを顔にペタペタと塗っている最中だ。
そのせいで下半身付近の男性のシンボルとも言える物が、無防備にも露わになっていた。
「お、叔父さん、どうして……」
「れ、麗羅っ、お前こそどうして……」
トイレにいるはずじゃ――今まさにトイレから水が流れる音がして、中から目元を擦りながら、璃々夜が現れた。
「あ、レイラお姉ちゃん、おはよー」
いつものように間の抜けた挨拶。
当然、目の前に叔父さんがいると言うことは、トイレにいたのは有紗か璃々夜のどちらかだ。
トイレにいるのは叔父さんというのは私の思い込みであって、願望だった。
急ぐあまりに自分の都合のいいように解釈して、脱衣所に叔父さんがいることを想定していなかった。
「あの、その……ごめんなさいっ!」
私は頭を下げて、勢いよく引き戸を閉じる。
そしてその場にしゃがみ込んで、火照る頬に手を添えた。
ああぁ、見ちゃった、どうしよう……昔お風呂に一緒に入った時に何度も見ているものだ。幼い頃だと特になにも思わなかったけど、性についてそれなりに知識を持っている今となっては、色々と見方が変わっていた。
昔の方が身体は小さくて、大きく見えていたはずなのに、今の方が何倍も迫力があった。
「あれが叔父さんの……いやいや、そんなこと考えたら……でも……いやいや」
私は首を振って、今見た光景を忘れようとしたけど、目に焼き付いてしまったのか、しばらく忘れられそうにない。
「レイラお姉ちゃんどうしたの? 顔真っ赤だよ?」
無垢で何も知らない璃々夜のような時期が、私にもあった。
◇
先ほどの出来事の記憶を、汗と一緒に流せたらどれだけ楽か――そんな風に思いながら私はシャワーを浴びる。
「もし本当に叔父さんが着替えさせたなら……見られた……んだよね……」
私は鏡に映る自分の身体を見つめる。
小学生の高学年手前くらいの時期から成長し始めた、二つの膨らみは他の人よりも大きすぎず、小さすぎず、年相応の至って平均的なサイズだ。
大人の叔父さんは、こんな子供の胸を見ても何とも思わないのだろう。
でも、もしかしたら少しくらいは、いたずらしたり、いけない気持ちになったり……それはないか……何かいたずらをされた形跡は……ない……です……し……。
あれ? 今何かが引っかかるような感覚があった。
何か大事なことを見落としたような、モヤモヤとしたものが頭の中に残る。
「……まぁ、いっか」
ハッキリとわからない以上、それほど気にすることじゃないってことだ。
こういう時に悩むと、しばらくモヤモヤした気持ちが続くから、私は早々に気持ちを切り替えることにした。
「はぁ……」
と言っても、やっぱり叔父さんに裸を見られたかもしれない事実は、私に重くのしかかる。
これから叔父さんにどんな顔を向ければいいのか……。
気付かないふりをして、今まで通り自然な感じで接するべきか。
あえてハッキリとお礼を言って、感謝をするべきか。
それとも実は気付いていますと、こそこそと恥ずかしがって、いじけてみるべきか。
もしくはどうして着替えさせたんですか、叔父さんのエッチ! と怒ってみるべきか。
選択次第で、今後の叔父さんとの距離感が決まってしまうかもしれないので、安易には選べない。
ここは慎重に考えないと。でも、いつまでも長々とシャワーを浴びるわけにもいかないので、時間はあまりない。
「怒るのは……無しだよね。叔父さんだって親切心でしてくれたことだろうし、いくら恥ずかしいからって、私の都合で怒ったら失礼」
それで裸を見られていいの? と聞かれれば当然ダメだ。
あくまで叔父さんだから許せることだ。他の人だったら怒る一択。
「なら、恥ずかしがってみる……有紗にからかわれそう」
私が妙に恥ずかしがっている素振りなんて見せていたら、有紗なら何かあったと勘付くかもしれない。
あの子はマセているから、こういうことには敏感だ。
「じゃ……お礼? は、素直に言えそうにない」
本当なら一日着ていた服から着替えさせてくれたことを感謝すべきなんだろうけど、やっぱり裸を見られているのなら、素直に感謝できない。
寧ろ叔父さんに感謝してほしいくらいっ!
「やっぱり……気付いてないふりが無難だよね……」
これまでの距離感に一切変化がなく、平穏な日々を続けるにはこれ以外の選択肢はないと思う。
乙女として裸を見られたことを無かったことにするのは、複雑な気持ちだけど、変にリアクションを起こして、仲のいい叔父と姪という関係が壊れてしまうのは嫌だ。
変に距離が出来たら、叔父さんに寄りそうこともできなくなってしまうかもしれない。
そんなリスクを冒すくらいなら、私の乙女心なんて封じてしまった方がいい。
それに……もしかしたら前提が間違えてる可能性も万が一にあるかもしれない。
本当は自分で着替えていて、そのことを忘れてしまっている可能性が――。
たぶんそれはないと確信しているけど、0と言い切れない。
「よし、気付いてないふりにしよう」
最終的に私はそう結論を出して、シャワーを止めた。
それら浴室でも洗濯物を干すための物干し竿にかけていたバスタオルを取って、身体に付着した水滴を拭き取っていく。
できる限りいつも通り、何も気付いてないように装うことを意識しながら、私は浴室から出た。
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