第138話 シルフィのアドバイス
夕食時。
へルンベルク家の食堂は、どこか微妙な空気が漂っていた。
無事お茶会を終えたことを祝して、普段よりも豪勢なラインナップだった。
しかし、夕食を食べるアメリアとローガンの顔はどこか浮かない様子。
体調が悪い、機嫌が悪いといったマイナスの感情ではないが、お互いがお互いに妙な気を遣っているような、歯切れの悪い雰囲気だった。
「ロ、ローガン様、このお肉……美味しいですね」
無理やり話題を作ったようにアメリアが言うと、ローガンは「あ、ああ……」とぎこちなく返す。
「そうだな……柔らかいな……」
「良いお肉を、使ってるんですかね……?」
「そうだと思う」
会話はそれで終了した。
二人の纏う謎の緊張感が伝わり、心なしか使用人たちの表情にも緊張が走っている。
「…………」
「…………」
後にはカチャカチャと、食器の音だけが響いていた。
◇◇◇
「あああああああううううあああああああああああっっっ…………!!」
夜もどっぷりと更けた頃、アメリアは寝室で奇声を上げていた。
顔を覆い、ゴロゴロとベッドを転げ回っている。
「定期的に奇行に走りますよね、アメリア様って」
シルフィが温度の低い目でアメリアのエンドレスロールを見守っている。
もはや風物詩とばかりの様子だ。
やがて体力がつき、ぜーはーとベッドに腰掛け直すアメリアの首に、シルフィがタオルをかけてくれた。
「汗をかいたらまた、お風呂に入らないといけなくなりますよ」
「ごめん、シルフィ……でも、それどころじゃなくて……」
「ローガン様と何かあったのですか?」
ぎっくうっ!!
「いや、そんな、『なんでわかったの!?』みたいな顔をされましても……」
「なんでわかったの!?」
「逆に、なぜ分からないと思ったのですか?」
涼やかな顔のままシルフィは続ける。
「お夕食の際も、お二人はどこかよそよそしい気がしました。一大イベントのお茶会後にも関わらず、会話もお肉の柔らかさについてだけでしたし……妙に気まずい空気がだったように感じます」
「ゔっ……」
相変わらずシルフィは鋭い着眼点を持っている。
「本日のお茶会の内容について、リオからある程度報告は聞いていますが……何か、他にも特筆すべき出来事があったのですか?」
「ゔっ……ゔっ……」
シルフィに質問を重ねられて、否応なく思い出してしまう。
帰りの馬車の中、ローガンに押し倒され欲望のまま交わした荒々しい接吻を。
「もしかして……」
ハッと、シルフィは珍しく声にテンションを乗せて言った。
「アメリア様、ついにローガン様と……」
「ちちち違うから! 多分想像しているようなことは……ほぼないから!」
「ほぼ?」
アメリアの言葉を、シルフィは聞き逃さなかった。
「ほぼ、とはどういう事でしょうか、アメリア様?」
ずいっと、シルフィが顔を寄せてくる。
今までそういった情事とは無縁で初心なアメリアは口にするのを躊躇ってしまう。
しかしやけに熱の籠ったシルフィの圧に押され、観念したようにアメリアは答えた。
「帰りの馬車で……ローガン様と、その……せせせ接吻をしたんだけど……」
「キスくらい今まで何度もしていたじゃないですか」
「ち、違うの。そういう軽いのじゃ無くて……」
目を逸らし、頭が沸騰しそうになりながらアメリアは
「その先をしたい……って、思ってしまったの」
「……ははあ、なるほど」
合点のいったようにシルフィは頷いた。
「ようするに、ローガン様を求めてしまった……ということですね?」
こくりと、アメリアは顔を真っ赤にして頷く。
「そのまま行くところまで行けばよかったですのに」
「そういう雰囲気にはなったんだけど……ちょうど屋敷に着いちゃって、リオが馬車のドアの開けたから……その……」
「お邪魔虫が入ったと」
「そこまでは言ってないわよ!?」
「安心してください、リオには後できつく言っておきますので」
「シルフィ、笑顔がなんか怖いんだけど気のせい?」
「冗談はさておき」
すんっと表情を戻してシルフィは言う。
「真面目な話、そろそろ進展があっても良いと思うんですよね」
「進展、というと……?」
「本気で言ってます?」
「…………」
俯き、耳まで赤くなったアメリアを前にして、シルフィはもどかしげに言った。
「アメリア様が不慣れなのはわかりますが……二人は婚約者同士なんですよね?」
「……はい」
「確かに最初は契約として婚約していましたが、今は違いますよね?」
「はい……愛しています」
「ローガン様も?」
「私を愛していると……言葉にしてくれてます」
「だったら、アメリア様のしたいことを、すれば良いのではないですか?」
「わかってるわ……わかってるけど……」
そこが一歩踏み出せていないから、もどかしいのだ。
「アメリア様は、植物に関しては凄まじい天才でいらっしゃるのに、男女の事になると途端にアレになりますよね」
アレにはポンのコツ的な言葉が入ると、アメリアは直感的に察した。
「ししし仕方ないじゃない……そういうのとは本当に無縁な人生だったんだし……」
初めて好きになったのも、初めてもっと触れたいと思ったのも、ローガンだ。
どのように関係を進めていいかなんて、わかるはずがない。
「少し意地悪が過ぎましたね」
そう言って、シルフィは助け舟を出してくれる。
「物事には順序というものがあります。愛する者同士が取るコミュニケーションをいきなりやれと言われても、難しいものがあるでしょう」
こくこくと、アメリアはその通りと言わんばかりに頷いた。
「というわけで……」
まるで悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて、シルフィは提案した。
「とりあえず、一緒に寝てみてはいかがでしょうか?」
「いいい一緒に……!?」
ギョッとするアメリアに、シルフィは冷静に言葉を返す。
「邪な意味ではありませんよ? 添い寝です、添い寝。婚約者同士ですし、実質夫婦なんですから、何もおかしくないでしょう?」
「そ、そうね、確かに……」
「……まあ、添い寝の延長で何かあるかもしれない、という可能性は充分にありますが」
「え?」
「なんでもございません」
何やら意味深な言葉が聞こえた気がしたが、アメリアの思考は別の方に移っていた。
(添い寝……か……)
当初、アメリアとローガンは契約結婚の形で婚約したため、寝室は分けられていた。
紆余曲折あって二人は両想いとなったが、寝室を同じにするという発想はすっぽり抜け落ちていた。
シルフィに言われて、具体的なイメージがぽわぽわぽわ~と頭に浮かぶ。
(ローガン様と、添い寝……)
自分の意志と関係なく、口元がだらしなく緩んでしまった。
「わかりやすいですね、アメリア様は」
シルフィの声でハッと我に帰り、慌てて表情を引き締める。
「確かに、添い寝は良い案だと思うわ」
冷静になった頭が、一抹の不安をもたらした。
「でも……ローガン様の迷惑にならなか、心配も……」
「そんな不安がる必要はないと思いますよ」
「え?」
優しげに目を細めて、シルフィは言う。
「ローガン様は、アメリア様のことをよく見ておられます。アメリア様の気持ちも、すでに察していると思いますよ」
「だと、良いんだけど……」
「なので、アメリア様が何かする必要は無い思いますよ」
「……?」
つまり……何が言いたいのだろう?
シルフィの言葉の真意を図りかねていた、その時だった。
コンコンと、部屋にノックの音が響き渡る。
「アメリア、まだ起きているか?」
「あ、はい! 起きてます!」
アメリアが言うと、ローガンが入室してくる。
「噂をすればなんとやらですね」
ぼそりとシルフィが呟き、二人の会話の邪魔にならないよう後ろに下がった。
「い、いかがなさいましたか、ローガン様?」
おずおずと尋ねるアメリアに、ローガンは「あー、えっとだな……」と、気まずそうに区部の後ろを掻きながら言った。
「今日から寝室を共にしないか?」
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