第135話 倒れた夫人
エリンが去った後、茶葉の読み解きはすぐさま中止となった。
多くの観客の前で運営が買収されていた事実が露呈した以上、イベントの続行は不可能だった。
今回買収された侍女の聞き取り調査に加え、他にも買収された使用人がいないかどうかの調査も行われるようだった。
観客たちもお開きになり、それぞれ再びティータイムに戻っていった。彼女たちは美味しい紅茶とお茶菓子と一緒に談笑する……といった当初の明るげな雰囲気は無かった。
会話の内容はもちろん、先ほどの読み解きについてだ。
アメリアが披露した見事な読み解きを賞賛する会話もちらほら上がっているが、一番の話題のネタはエリンの豹変だった。
ある者は笑い話として、ある者はハグル家の評価を見直すきっかけとして、またある者はエリン個人に対し見損なったと侮蔑として。
内容は様々だったが、少なくともエリンをよく言う者は誰一人としていなかった。
今回の出来事は噂好きの貴族たちの間ではビッグニュースとして、明日には社交界に駆け巡るだろう。
「ローガン様、そしてアメリアさん」
会場の中で一番上等なテーブル席にて。
ミレーユが深々と二人に頭を下げる。
「こちらの不手際によって不快な思いをさせてしまい、此度は、大変、大変申し訳ございませんでした……」
ミレーユは悲痛な面持ちで、心底申し訳ないという気持ちが伝わってきた。
隣に座るエドモンド家当主、クリフも続けて頭を下げて言う。
「このような結果になってしまい、この会の主催としても多大な責任を感じている。本当に申し訳なかった」
二人の謝罪に対し、ローガンは毅然とした態度で対応する。
「確かに、今後使用人の教育は徹底した方がよさそうですね」
「返す言葉もない」
「だが今回、エドモンド家に落ち度があるとすればその一点だけです。最も悪いのはハグル家の次女、エリン嬢です。特に抗議や賠償金を請求するつもりはないので、ご心配なく」
「寛大なお言葉、恐れ入る」
もう一度、クリフは頭を下げた。
すると、ミレーユはアメリアに目を向けて言う。
「本当にごめんなさいね、アメリアさん。せっかくの全問正解を出していただいのに……」
「いえいえ……むしろ、私の妹が申し訳ございません……」
アメリアも深々と、二人に謝罪をした。
今回のエリンの暴走は、自分との個人的な確執によって起きたものだとアメリアは見ている。
(私が参加しなければ、こんなことには……)
後悔が胸を刺し、なんともやるせ無い気持ちになっていた。
そんなアメリアの胸襟を察したのか。
「アメリアが思い詰めることじゃない」
ぽんと、ローガンがアメリアの背中に手を添え、優しい声色で言う。
「繰り返しになるが、一番悪いのはエリン嬢だ。アメリアは何も悪く無い。だから、気に病むな」
「お気遣い、ありがとうございます……」
仄かに笑みを浮かべ、アメリアは目を伏せる。
そんな二人を、クリフとミレーユがどこか懐かしげな表情で眺めていた。
その時だった。
「ごほっ……ごほっ……」
突如としてミレーユが咳込み始めた。
「失礼……ごほっごほっ……」
ミレーユの声は掠れていた。
そして苦しげな表情で胸を抑えながらテーブルに手をつく。
「おい、大丈夫か?」
クリエが心配そうに尋ねるが、ミレーユはただ激しく咳を続けるだけ。
とうとうミレーユは力を失ったかのように地面に倒れ込んだ。
「ミレーユ!」
「ミレーユさん……!?」
クリフとアメリアが声を上げるのは同時だった。
「ミレーユ! どうした! しっかりしろ!」
ミレーユを抱き上げ、クリフは必死に声をかける。
しかし、ミレーユは苦しげに咳き込みながら、言葉もろくに発せない。
このままでは呼吸困難になってしまいそうな状態だった。
「おいおいどうした?」
「ミレーユ様がお倒れに……?」
「なあ、まずくないか?」
近くでティータイムをしていた貴族たちも異変に気づき、ざわざわと響めきが起き始める。
「誰か医者を! 今すぐ医者を呼んでくれ!」
クリフの声で周囲の空気は一変した。
そばに控えていた侍女が慌てて屋敷の方へ走っていくのが見えた。
「ちょ、ちょっと診せてもらっても良いですか!?」
アメリアはしゃがみ込みミレーユの容体を確認する。
激しい咳、苦しそうな呼吸、そして彼女の顔色の悪さ。
何か重度な疾患が喉に発生していることを示唆していた。
「何かわかるか?」
「とりあえず、ただの喉風邪じゃない、とだけ……」
覗き込むように尋ねるローガンに、アメリアは答えた。
(そういえば……)
ふと、アメリアは思い出す。
今日、ミレーユと初めて顔を合わせた時も、彼女は咳をしていた。
その時は軽い風邪か何かだと思っていたが、今となってはその咳が何かの前兆だったのではないかと考えられた。
(でも、こんな急に激しくん咳き込むなんて……)
咳は、外気から入ってきた異物を排除しようとする反応だ。
空気の中に漂う塵や病原菌など、気管や肺へと侵入しようとする小さな異物を、咳によって体外へと押し出そうとする。
(空気の異物……)
アメリアの脳内で何かが閃いた。
(もしかして……!!)
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