第124話 ほくそ笑むエリンだったが……

 エドモンド公爵家は、国内でも指折りの名門家系だ。


 爵位は王族からの世襲ではなく、先々代の顕著な功績によって授けられたもの。

 しかしその格式は時の流れと共にますます磨きがかかり、社交界ではその名を知らぬ者はいない。


 そんなエドモンド公爵家が本日開催するお茶会は、へルンベルク家の屋敷に劣らぬ広大な敷地で華やかに行われていた。


 庭園は花々で飾られ、きらめく日差しの下で色とりどりの花々が競い合うように輝いている。


 テーブルに並んだ豪勢な食事はどれも一流のシェフが腕によりをかけて作ったもの。

 会場の一角では音楽隊がピアノやバイオリンを奏で、優雅な旋律は庭園全体に流れ渡っていた。


 豪華な会場設営は公爵家の富と品位を象徴しており、参加者の紳士淑女たちはその絢爛さに思わず目を見張るほど。


 参加者の多くは有名貴族で、主旨がお茶会とだけあって令嬢の比率が高く、彼女らの華やかな装いは会の格式高さを物語っている。

 高貴な血筋の者たちは皆楽しげに会話に興じており、中には国の重要な政治の話題も交じっていた。


 格式と豪華さにおいて、エドモンド公爵家のお茶会は他のどの家のものにも劣らない、上品な社交の場であった。


 賑やかな会場の中、とあるグループの中にハグル家の次女エリンはいた。


「まあっ、イリヤ様とアーノルド様が婚約?」

「ええ、確かな筋からの情報なので、間違いないいですわ」

「やっぱり! あの二人、以前から怪しいと思っていましたの」


 扇子を手に、友人の令嬢たちとのゴシップな談笑に興じている。


 そんなエリンの外見は、この日のために目一杯おめかしをしたものだった。

 派手にまとめ上げた金髪、厚めの化粧で顔を飾り、高いヒールで背を伸ばしている。


 一見するとケバい印象を与えるが、類は友を呼ぶ法則に従い周りの令嬢たちも同じような系統をしているので、悪目たちはしていなさそうだった。


(いよいよ、この時がやってきたわね……)


 友人との会話はそっちのけで、エリンは思った。 

 ニヤリと口角を持ち上げる。


 友人との会話はそこそこに、エリンは会場の入り口へと意識を向けていた。

 お目当ての人物はいつ来るのかと、心ここに在らずといった様子だった。


 エリンが待ち受ける人物は、当然……。


「そういえばエリン様、今日は珍しく以前着ていたドレスなんですね?」


 ふと、友人のイザベルがエリンに尋ねた。

 イザベルにとっては何気ない質問だったが、エリンのプライドがピシリと音を立てる。


「え、ええ……本当はシャレルの最新のドレスを発注していたのだけれど、今日の会に間に合わなかったの」


 言い訳めいた返答をするエリンに、イザベルは「まあっ」と口を抑える。


「そうだったのですね! ごめんなさい、気が回りませんでしたわ」

「それは災難でしたわね、エリン様……」

「次の会でお目に出来るのを楽しみにしておりますわ!」


 口々に慰めの言葉をかけられ、取り巻きたちが悪意なき目を向けてくる中。


「え、ええ……次の夜会では、必ず……」


 鼻をひくつかせながら、エリンは言った。

 家の財政が立ち行かなくなって、新作のドレスを売り払わざるを得なくなった、なんて口が裂けても言えなかった。


(なんで私がこんな思いをしなきゃいけないのよ……!!)


 心の中で、エリンは怒りの炎を燃やした。

 周りからどう見られているかを何よりも重視するエリンにとって、流行遅れのドレスに言及されるなぞ許されないことだった。

 

(これも全部全部、お姉さまのせい……)


 ギリリッと、エリンは扇子を力強く握り締めた。

 

 エリンの大切なドレスや宝石が父セドリックに勝手に売り払われた理由を、エリンはまだ知らない。

 セドリックに聞いても、ただアメリアのせいだとしか言われなかった。


 アメリアがローガン公爵の元で何かをやらかし、それが理由でハグル家が被害を被ったとエリンは推測する。

 そのため、エリンのアメリアに対する憎悪は募るばかりで、今日は思う存分発散しようと心に決めていた。


「そういえば、今日はへルンベルク家の当主様がいらっしゃるのですよね?」


 ふと、思い出したようにイザベルが言う。

 その言葉を耳にした周りの令嬢は途端に顔を曇らせ、エリンはぴくりと耳を動かした。


「へルンベルク家と言うと、ローガン様ですよね? あの暴虐公爵の……」

「ええ、冷酷無慈悲、怒りっぽくてすぐ暴力を振るうという」

「私、まだ見たことないのよね」

「一回だけ遠目で見たことがあります。確かに目鼻立ちは整っておられましたが、人を殺めてそうな目をしておりました」

「ええ〜〜、怖い……!!」


 口々に言い合う令嬢の中、イザベルがハッと気づいたようにエリンの方を見る。


「確か、ローガン様のお相手は醜穢令嬢……エリン様のお姉様ですよね?」


 話を振られ、友人たちの視線がエリンに集まる。


 この話を振られるのは想定済みだった。

 エリンは動揺することなく言葉を連ねる。


「ええ、そうよ。いつまでも貰い手がいなかったお姉様だったから、へルンベルク家の当主様に見初められて、良かったんじゃないかしたら」


 そう言った上で、エリンは意地の悪い笑みを浮かべて言葉を加えた。


「暴虐公爵の元で日々を過ごすことが、幸せかどうかはわからないけど」

「あらあら……」


 エリンの言葉に、イザベルはご愁傷様とばかりに苦笑いを漏らす。


「お姉さまは被虐趣味をお持ちだったから、案外幸せかもしれないわね」


 エリンが言うと、場にどっと笑いが起きた。

 令嬢たちは口元を覆い、お腹を抱え、あー可笑しいとばかりに笑い合うのだった。


 ハグル家の長女アメリアに対するイメージは、悪い方向ですっかりと定着している。

 醜穢令嬢、ハグル家の疫病神、傍若無人の人でなしなど、言われたい放題だ。


 セドリックがアメリアの嘘の不評を流し、デビュタントに貧相な格好で出席させて以降、社交の場に一切顔を出させなかったから、噂に尾鰭背鰭がついてこうなるのは必然の流れだった。


 アメリアの評判を落とし、代わりにエリンの株を上げるというセドリックの目論みは見事成功を収めていたのだった。

 

 そんなアメリアが婚約したのは、よりにもよってあの暴虐公爵。

 きっと、アメリアは日々酷い目に遭わされているのだと、その場にいた誰もが信じて疑わなかった。


(今日も、どうせ野暮ったいドレスで、見窄らしい容貌で来るのでしょうね)


 由緒正しきエドモンド公爵家の夜会を汚さないか。

 身内としてはそれだけが気掛かりであった。


(お姉様に関わるなと、お父様には言われたけど……)


 こんな絶好の機会を逃すつもりはない。


(これだもかってくらい嫌がらせをして、鬱憤を晴らしてやるわ)

 

 ドス黒い感情を胸に沸かせていた、その時。


「へルンベルク家の当主様、並びに婚約者様がいらっしゃいました!」


 待ちに待った声がエリンの耳に入った。

 社交の場に滅多に顔を出さないローガンが来場したとあって、会場にいる面々の視線が受付付近に集まった。


(やっと来たわ!)


 高揚を隠そうともせず、エリンも目を向けて──エリンは扇子を落としてしまった。

 

「なっ……!?」


 エリンの目に飛び込んできた光景は、自分が期待したものとはあまりにもかけ離れていた。

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