第123話 お茶会へ
お茶会当日。
今日は朝から青空が広がっていた。
太陽は明るく輝き、温かな光が屋敷の窓から一室に優しく差し込んでいる。
部屋の中では、アメリアがいつもと雰囲気の違うドレスを身に纏っていた。
ローガンと選んだお茶会用のドレスである。
そのドレスは、まるで春の訪れを思わせるような水色の衣装だった。
「ど、どうかしら……?」
普段使いのドレスと比べるとグレードの高い着心地に、アメリアは緊張気味に侍女たちに尋ねた。
淡い色合いの生地が優雅に波打ち、アメリアの赤髪と絶妙な対比を成している。
ふんわりと広がったドレスの裾は、まるで水面に光が反射するような煌めきを見せていた。
装飾は控えめながらも繊細で、それぞれの刺繍がドレスの上品さを際立たせ、お茶会にふさわしい気品と優雅さを演出していた。
「とても、よく似合っております」
落ち着いた調子で言葉を口にするシルフィだが、瞳には微かな憧れの色が浮かんでいた。
「アメリア様……!! とても可愛いです!」
ライラは感動を隠そうともせず、ぱちぱちと拍手しながら言った。
目は爛々と輝いており、アメリアのドレス姿に心から感動している様子だった。
「そ、そう? なら、良かったわ」
鏡に映るアメリアが、ほっと安心したように息をついた。
(それにしても……)
ふと、自分の姿を姿見で見ながら思う。
アメリアはドレス姿こそ煌びやかなものの、イヤリングやペンダント、指輪などはしていない。
(こういうお茶会では、あまり装飾は好まれないのかしら?)
特につけたいというわけでは無いが、そういう慣習なのだおろうかと一抹の疑問を浮かべるアメリアであった。
「準備は出来たか?」
ちょうど時を同じくして、ローガンが部屋に入ってきた。
「はい。お待たせ致しました」
アメリアがお辞儀をする。
顔を上げると、タキシード姿のローガンが目に入って心臓がどきんと跳ねた。
思わず口を手で覆った。
一言で表すと、絵画の世界から飛び出してきたかのような美丈夫がそこに立っていた。
一目で上等なものだとわかる黒いタキシードは、ローガンのシルバーカラーの髪とブルーの瞳を一層際立たせていた。
すらりとしつつも筋肉質な体格にぴったりと合わせられたタキシードは、優雅さと力強さの両方をバランスよく昇華させている。
普段とは違うローガンの姿に、アメリアは新鮮さと別に抑えきれない胸の高鳴りを感じていた。
「か、かっこいい……です……」
自然と、アメリアは言葉を漏らす。
「普段着ないから、とても窮屈だ」
首の後ろを掻きながら、ローガンは苦笑を浮かべた。
それからローガンは、アメリアのそばにやってくる。
アメリアのドレス姿に視線を向けてから、ローガンは言葉を紡いだ。
「とても綺麗だ」
続けて。
「よく似合っている」
嘘偽りの無い言葉に、アメリアの心臓がさらに音を大きくする。
まだお茶会へ向かう馬車にも乗っていないのに、へなへなと床に崩れ落ちそうになる。
「ありがとう、ございます」
顔をいちご色に染めながら、アメリアはやっとのことで言葉を絞り出すのであった。
◇◇◇
「手を」
部屋を出る際にローガンはアメリアに手を差し出した。
「普段着慣れていないドレスだから、転ぶと危ない」
優しい物言いに胸が温かくなる。
「お気遣い、ありがとうございます」
ローガンの手に、アメリアは掌を重ねる。
大きな手から伝わる温もりを感じながら、二人はゆっくりと歩き始めた。
「ローガン様は社交会慣れしていそうですね」
ふとアメリアが言うと、ローガンは「そうでもない」と返す。
「基本的に、夜会や茶会の誘いは全て断っていた」
「そういえば、あまり顔は出さないと仰ってましたね」
「夜会で腹黒貴族や打算的な令嬢のアピールを受けるくらいなら、屋敷で仕事をしていた方がマシだからな」
「い、色々あったのですね……」
アメリアが慄きながら言うと、ローガンはぽつりと溢す。
「……君と過ごした夜会が、一番楽しかったな」
「え?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
アメリアが尋ねるが、ローガンは話を深掘る気はないようだった。
そうこうしているうちに、エントランスの扉が開かれる。
陽光が差し込み、アメリアは思わず目を閉じた。
広々とした玄関には大きな馬車が待っていた。
馬車の前には、従者のリオが立っている。
「今回、従者としてリオを連れて行く」
リオはローガンの従者の一人。
鋭く凛々しい眼光を持ちながらも、端正な顔立ちにはまだ少年の面影が残っている。
淡いグレーの瞳に、短めに整えられた金色の髪。
元軍人という事もあり、ローガンより背丈は低めだが身体は引き締まっていた。
「アメリア様、ローガン様、本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくね、リオ」
頭を下げるリオに、アメリアは笑顔で言った。
後は馬車に乗り込むだけというタイミングで。
「アメリア」
「はい」
呼びかけられ、振り向く。
ローガンの手には、小さな箱が握られていた。
「本当はもっと早く渡すつもりだったんだが」
微かに緊張した様子でローガンが箱を開けた。
「これを」
ローガンがペンダントを手にアメリアに差し出す。
「っ……それは……」
思わずアメリアは息を呑んだ。
同時に、胸にきゅうっと締まった。
そのペンダントには見覚えがあったからだ。
陽光に晒され赤く光る紅い宝石は控えめながらも、抜けるような透明感と独特な模様で、目を奪われるほどの美しさを放っている。
その宝石をプラチナの地金が取り囲み、バランスの取れたデザインに仕上がっていた。
使用されているダイヤはクラウン・ブラッド。
ノース山脈でしか取れないブラッドストーンという鉱石の中でも、ごく僅かしか取れない貴重な宝石。
ローガンとの初めてのお出かけの際に購入して……メリサに壊されてしまったペンダントだった。
「希少な宝石だったから、修理に時間がかかってしまった。渡すのがギリギリになってすまない」
「いいえ、いいえ……」
ぶんぶんと、感情を表現しきれないと言ったようにアメリアは首を振る。
(ああ、だから……)
ドレス以外の装飾を施されなかった意図を、アメリアは察した。
ローガンを見上げ、愛おしさに溢れた笑顔で言葉で空気を震わせる。
「今度はずっと、ずっと……大切にします」
アメリアの感謝の気持ちがどれほどのものか、この言葉が全てを表していた。
アメリアの反応に、ローガンも息が詰まりそうな表情をする。
平常心を戻せと落ち着かせるように、そっと息をついてから尋ねた。
「つけても?」
こくりと、アメリアは頷いた。
ゆっくりと、そして優しい手つきで、アメリアの首にペンダントをつけた。
その瞬間、アメリアのドレス姿は、パズルの最後のピースがハマったかのような仕上がりになった。
首元にペンダントの存在を感じながら、アメリアは嬉しさでいっぱいになる。
思わず、ペンダントに手を当て、ひんやりとした感触を確かめた。
照れ臭そうに見つめ合う二人の笑顔は、絵にして飾りたくなるような光景だった。
「……おほん」
何やらピンク色の空間を作り出している二人に、リオが咳払いで割って入った。
「そろそろ出発しないと、遅刻してしまいますよ」
ぴしゃりと言うリオの言葉に、二人はハッとする。
周りでシルフィやライラといった使用人たちが微笑ましい表情をしていることに、やっと気づいた。
「そ、そうですねっ……」
「もう出発しないとな……」
僅かに上擦った声を上げながら、二人は何事もなかったかのように馬車に乗り込んだ。
それからお茶会に向けて、馬車は出発したのだった。
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