第118話 自分のペースで

 ローガンと別れてから、寝室に引っ込んだ後。


「アメリア様っ!? いかがなさいました?」


 ベッドの上でちーんとなってるアメリアを見て、ライラがぎょっと声を上げた。


「大丈夫よ、ライラ……ちょっと頭を冷やしているだけ……」


 うつ伏せのまま、くぐもった声をあげるアメリア。


「なるほど、想像をするに……」


 合点のいったように手を打ち、ライラは言った。


「ローガン様とイチャイチャし過ぎて心臓が持たなかった、と」


 びくうっ!! ガバッ!!


「どどど、どっかで見ていたの!?」


 飛び起きて、がしいっとライラの肩を掴みアメリアは問い詰める。


「いや、だって……アメリア様の心をこんなに乱すのは、ローガン様しかいないですから」


 当たり前じゃ無いですかとばかりに言うライラに、アメリアの身体からへなへなと力が抜けた。

 ライラがアメリアに尋ねる。


「隣、座ってもいいですか?」


 顔を真っ赤にしたまま、アメリアはこくんと頷く。

 そして、心の中を吹き荒れる嵐を収めるかのように言葉を口にした。


「最近……私、おかしいの」

「おかしい、と言いますと?」

「ローガン様と一緒にいると、自分が自分じゃなくなるというか」

「好きな人のそばにいたら、そうなりますよ」

「そういうものなの?」

「そういうものです」

「でも私と違って、ローガン様はいつも余裕で、冷静だから……」

「時々、不安になると?」


 こくりと、アメリアは頷いた。

 瞳を不安で揺らすアメリアに、ライラは安心させるように言った。


「ローガン様、元々感情の起伏が少ない方ですからね。心配しなくても、ちゃんとアメリア様のことを好いていらっしゃると思いますよ」

「それなら、良いんだけど……」


 思い返せば確かに、ローガンはアメリアにたくさんの愛情表現をしてくれている。


 言葉でも、行動でも。

 しかしアメリアは、実家で虐げられてきた経緯もあって、今ひとつ自分に自信を持ちきれてない。


 だからこそ、時々不安になるのだろう。


 ローガンには自信を持ってくれと常々言われているものの、完全に前向きになるにはもうしばらく時間がかかりそうだった。


「そういえば……」


 ふと思いついたように、ライラが火力の高い言葉を口にする。


「ローガン様、一向にアメリア様に手を出そうとしませんね」


 ゴロゴロッ!!

 ゴンッ!!


「アメリア様!?」


 弾かれたようにベットを転がり、反対側の床に墜落したアメリアにライラが仰天の声を上げる。


「だ、大丈夫ですか……?」

「え、ええ……大丈夫……」


 よろよろと起き上がり、なんとか言葉を口にするアメリア。

 しかし胸の中は動揺で揺れに揺れていた。


 先ほどベランダで、ローガンと唇を交わした時。

 自分の中に感じた確かな欲望を思い起こし、鼓動が一気に速くなる。


「ライラ」

「は、はい……」


 トマト色に染めた顔をライラに向けて、アメリアは尋ねる。


「好きな人と、そういうことをしたい……と思うのも、普通のこと?」

「あっ、あの……えっと……」


 アメリアと問いかけに、ライラは身体をもじもじさせて声を小さくした。


 ライラは19歳。

 まだまだ乙女なお年頃なのだろう。


 それでも、真剣に悩んでいる様子の主人に一助になればと、ライラは本心を口にした。


「それこそ、当たり前じゃないですか」


 淡く微笑んで言うライラに、アメリアは「そう……」とだけ返す。


「アメリア様は、どうしたいのですか?」

「私は……」


 言葉を詰まらせる。


 17年間、実家に幽閉されていたアメリアにとって、男女の営みなど程遠い縁でしかない。

 知識として知ってはいるが、それを自分事として考えると途端に現実感が遠のく。


 しかし、ローガンに対して抱いた燃えるような感情は、確かな存在感を持って心の中にあった。


 その感情をどう噛み砕くべきなのか、アメリアにはわからない。

 全く未知の概念過ぎて、戸惑うことしか出来なかった。


 ふと、視界に色鮮やかな花が映る。

 青く鋭利な花びらが特徴的な花は、ローガンが買ってくれたシアンダだ。


 美しくエッジの効いたシアンダの佇まいがローガンを彷彿とさせ、アメリアの心臓が一層大きな音を立てた。


「まあ、そんな急ぐようなことでもないですしね」


 困惑顔のまま固まったアメリアに、ライラは穏やかに笑って言う。


「世間の言う普通なんて気にする必要はありません。アメリア様にも、ローガン様にも、自分のペースがあります」

「自分の、ペースで……」

「はい。焦らず、ゆっくりと、関係を育んでいけば良いと思いますよ」


 笑顔で頷くライラを見ていると、少しだけ心が軽くなった。

 

 最初は愛のない契約的な結婚だったが、今ではそうじゃなくなった。

 だから、好き合う者同士としてもっと関係を深めないといけないという、焦りがあったのかもしれない。


 それがわかると、心の漣が平静を取り戻してきた。


 ライラの目を見て、アメリアは言った。


「ありがとう、ライラ」

「どういたしまして」

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