第115話 三人でディナー
どのくらいの時間が経っただろうか。
「出来ました……」
一息と共に、ペンが走る音が止まる。
最後にもう一度見直した後、アメリアはウィリアムに紙を差し出した。
「多分ですが、この組み合わせればいけます」
「確認させていただきます」
ウィリアムが仰々しく頭を下げて、紙面を受け取る。
もはや教師と生徒の立場は逆転していた。
「おおっ、これは……」
アメリアの導き出した解を確認し、目を見開くウィリアム。
「そうか、ネオライトグラスとペクトラルフェルを3:1の割合で調合すれば確かに……」
ぶつぶつと呟き、自分の中で納得感を深めていくウィリアム。
そして最後には、力強い表情をアメリアに見せた。
「この発想は無かったです。恐らくですが、いけそうな気がします」
「わわっ、良かったです」
ほっとアメリアは胸を撫で下ろした。
新薬の糸口を発見できた喜びよりも、求められていた成果を出せたという安堵をアメリアは感じていた。
「大学に戻り次第、試してみますね。いつもありがとうございます、アメリア様」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
「大助かりも大助かりですよ。やはり、アメリア様の発想力には脱帽しかありません……」
噛み締めるように言うウィリアムであった。
その後、シルフィの淹れてくれた紅茶を飲み一休みをしている途中、ウィリアムはアメリアに尋ねた。
「以前アメリア様は、自分の能力を人の為に使いとおっしゃっていましたが、その気持ちに変わりはないですか?」
「ありません」
即答するアメリアに、続けて問いかける。
「金や名誉のためでなく、ただ純粋に人の役に立ちたいと?」
「そうですね。特にお金が欲しいわけでも、特別な地位につきたいわけでもありません」
「なるほど……やはりアメリア様は変わっていますね」
「そう、でしょうか?」
「人間には大なり小なり欲望というものあります。その欲望の対象は通常、金や名誉なのですよ」
「あはは……それはわかる気がします」
実家でたらふく私服を肥やしてきた父セドリックのことを思い出しながら、アメリアは苦笑を浮かべる。
「にも関わらず、アメリア様は無欲でいらっしゃる。時々、本当に同じ人間なのかと思うことがありますよ」
「無欲というわけではないですよ」
アメリアはちょっぴり恥ずかしそうに頬に人差し指を当てて。
「ただ、望んでいるものはもう充分に頂いている……ただそれだけだと思います」
幸せそうなアメリアの顔を見て、ウィリアムは察する。
(アメリア様の欲していたものは、お金や名誉なのではなく……)
あまり表情の変わらない、この屋敷の当主の顔が頭に浮かぶ。
彼女の生い立ちを知っているからこそ、すとんと納得するものがあった。
そうこうしていると、書庫にシルフィがやって来る。
「盛り上がりのなか申し訳ございませんが、そろそろ夕食のお時間です」
「ええっ、もうそんなに経ったの!?」
びっくりするアメリアが顔を上げると、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
「ま、まだ夕方だと思っていました……」
「物事に集中している時って時間を忘れてしまいますよね。私もよくあるので、わかります」
そう言いながらウィリアムは立ち上がる。
「それでは、一緒に行きましょうか」
「あれ、今日はウィリアムさんもご夕食を?」
普段は授業が終わると、ウィリアムは大学に帰っていく。
共に夕食を摂ることは無かった。
「はい。ローガン様も交えてお話したい事があると進言したところ、夕食をお誘いいただいたのです」
「お話ししたい事……?」
なんだろうと、アメリアは首を傾げた。
◇◇◇
今日も今日とて食堂のテーブルには豪華なご馳走が並んでいる。
前菜のサラダに、もっちり熱々のパン。
大ぶりのローストポークにはすり下ろし玉ねぎのソースがかけられていて、ほのかにピンク色の身がとても美味しそうだ。
他にも大きな海老の丸焼きや、季節野菜を希少なキノコソースで絡めたパスタなど、公爵家の夕食にふさわしい豪勢なラインナップだった。
席にはアメリアとローガンに加えて、ウィリアムも座っている。
「へルンベルク家の夕食はどうだ?」
「久しぶりの肉に、胃袋が歓喜しています」
ローストポークを飲み込んでから、ウィリアムは頬を緩ませて言った。
「普段、お肉は食べないのですか?」
アメリアが尋ねると、ウィリアムはさらりと答えた。
「水と塩と砂糖があれば、人間しばらく生きていけるので」
「み、水と塩と砂糖っ……!?」
予想外の答えに、アメリアは仰天する。
「ええ、なので今日は様々な味覚情報を捉えられて、とても楽しいです」
おおよそ、食事に対する感想とは思えない答えにアメリアはあんぐり口を開けた。
大学教授という職であることから、金銭的に困窮しているというわけでもない。
おそらく研究に全ての時間を注いでいる故に、食事を後回しにしているのだとアメリアは推測した。
「わかるぞ、ウィリアム氏。仕事が忙しい時などはつい食事を抜いてしまうからな」
「ご理解いただき光栄です」
「ダメですよ二人とも!」
謎のシンパシーを覚え合う二人に、アメリアは「めっ」と言う。
「食事はちゃんと摂らないと不健康になりますし、下手したら死んでしまいます。きちんとバランス良い食事をちゃんと摂ってくださいっ」
実家にいた頃、極端な食事制限を受けて日々死にそうになっていたアメリアだからこその説得力のある言葉に、二人とも気圧された様子。
「き、気をつけます……」
「善処している」
ローガンは、メリサの一件があってからアメリアと夕食を共にしているためしっかり栄養を摂ってくれている気がするが、朝や昼は別々で食べることが多く把握していない。
(もしかしてローガン様、朝や昼を抜いてたり……? だとしたら、なんとかしないと……)
ぎゅっと拳を握り、そんな決意を胸に抱くアメリアであった。
「これは……ヨモキですか?」
サラダに使用されている野菜を見て、ウィリアムは尋ねる。
「流石ウィリアムさんですね。こちら、屋敷の裏庭で収穫したヨモキになります」
「ほう、ヨモキですか。確かに、食用としても優秀な植物ですが……」
おおよそ、貴族の食事のメニューには出てこない食材だ。
「よくよく見ていると、至る所に緑が使われていますね」
テーブルの上に並べられた料理たちを見渡してウィリアムは言う。
ヨモキの他にも、ローストポークの付け合わせには茹でたブロブリー、パスタにはノビーが絡められていた。
「ローガン様も菜食家で?」
「以前、アメリアに雑草料理を振舞って貰った事があってな。非常に美味だったから、その後も食事に積極的に取り入れるようになった」
「なるほど、雑草料理……?」
えへへと照れくさそうに頬を掻くアメリアに対し、ウィリアムは頭上に疑問符を浮かべた。
「何はともあれ、良い試みですね。野菜は健康効果抜群ですし」
「しかも美味しいとなれば、食事に取り入れない理由はない」
「ふふっ、気に入っていただけて何よりです」
こうして、ウィリアムを交えたディナーは朗らかな空気で進んでいった。
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