第86話 ローガンvsリオ


 ──最初に動いたのはリオだった。


 リオの足元から疾風が巻き起こり、真っ直ぐローガンへと駆ける。

 剣を引き絞り、容赦ない斬撃をローガンに向けて放った。


 二度、風を切る音が弾けた。

 一撃目、二撃目と、ローガンはリオの剣撃を剣筋を見切って、身体を少しだけずらすことで回避した。


 三撃目はローガンも剣を構え、リオの一閃を受け止めた。


 ガッと重い打撃音が訓練場に響き渡る。

 攻撃を弾かれたリオは微かに眉を顰める、バックステップで距離を取った。


 両者の間に距離が生じ、剣先を睨み合わせる時間が訪れる。


「す、ごい……」

 

 数瞬の攻防を目にしたアメリアが思わず言葉を溢す。

 二人とも相当な剣の使い手であることは、素人のアメリアでも一目瞭然であった。

 

 両者、一歩、二歩と隙を窺いながら移動する。

 静寂は、すぐに破られた。


「来い」


 ローガンが言うと、リオは今一度剣を振りかぶる。


「はああああああっ──!!」


 その声は、まるで戦場を揺るがす猛獣の咆哮。

 空気を割り、リオの剣が一直線にローガンへと迫る。


 しかしローガンは冷静だった。

 蒼い双眸は一瞬も揺るがず、迫りくる剣を凝視し見切る。


 リオの剣が迫ったその瞬間、ローガンは手首を軽くひねり軌道を微妙に逸らした。

 再び、重い打撃音。


 初撃が通らなかったことをリオは即座に受け止め再度、攻撃を仕掛ける。

 再び、一進一退の攻防が始まった。


 リオが攻撃を放ち、ローガンがそれを受け止め、流す。

 リオの軽快な足捌きと煌めく剣閃は、彼が積み上げてきた剣術の訓練の賜物であった。


 一方でリオの攻撃を捌き切るローガンの動きも、彼がこれまで相当数の戦いをこなし場数を踏んできたことを物語っている。 


 攻防が逆転したのは瞬間的な出来事だった。

 ローガンの瞳が光り、リオの身体が開いた一瞬の隙をついて懐に潜り込む。


「くっ……!?」


 リオが慌てて剣を構え、ローガンの一撃を防ぐ。

 しかしローガンの攻撃は重く、リオの身体の重心がぐらりと揺れた。


 その一瞬もローガンは見逃さない。

 体勢を立て直す時間も与えず、ローガンはリオの手の甲に一撃。

 

 握力が緩んだと同時にリオの剣を弾いた。

 リオの剣が宙を舞い、地面に虚しく転がる。

 

 その衝撃でリオは地に尻もちをついた。

 ローガンはすかさず、リオの首元に剣を突きつける。

 

 リオは表情に悔しさを滲ませるも、降参とばかりに両手を上げた。

 瞬間、見物をしていた使用人たちから、おおっと歓声が沸き起こる。


「す、すごい……」

「リオも凄いけど、ローガン様が強すぎるわ……」

 

 ゴシップや娯楽の少ない屋敷で突発的に発生した余興に、皆口々に感想を漏らしていた。


「はああっ、凄い……かっこいい〜〜〜〜……」


 ライラはアメリアの隣で頬を押さえ、うっとりとした表情をしている。


「男と男の真剣勝負って燃えますよね! ああっ、見ているだけで幸せですっ……」

「た、楽しそうね、ライラは……」 


 二人とも怪我をしないかとハラハラドキドキだったアメリアはぎこちない笑みを漏らす。

 とはいえ、ライラの言葉には強い共感があった。


(かっこいい……)


 確かにライラの言う通り、ローガンはかっこよかった。

 スタイリッシュな身のこなしや、歴戦の戦士かくやといった剣捌き。


 そして何よりもリオを打ち負かした圧倒的な強さ。

 先ほどから、アメリアの鼓動はドキドキと速くなりっぱなしだった。


「二人とも、クールで静かなタイプなので、こうして剣を振るっている姿を見るとギャップが凄いですね〜!」

「ギャップ……」

 

 そうだ、ギャップである。

 普段は物静かに書類仕事に勤しんでいるローガンが、こうして躍動感溢れる剣術を披露した。


 そのギャップに、胸の奥がじんじんと熱くなっていた。

 アメリアがぽーっとしている間に、ローガンがリオに手を差し伸ばす。


「ご苦労、良い練習になった」

「ありがとうございます」


 ローガンの手をとって、リオが立ち上がる。

 リオの表情には勝者を讃える尊敬と、敗北に対する悔恨の二つが入り混じっていた。


「相手になったのでしたら何よりです」


 額に汗を浮かばせながら笑顔で答えるリオだったが、やがてため息をつき肩を落とす。


「一本くらいは入ると思ったんですけどねえ……」

「そうしょげるな。俺は過去の貯金を切り崩しているに過ぎない。リオは以前より剣筋も、動きも良くなっていた。日頃の鍛錬の賜物だろうな」


 ローガンが言うと、リオはくしゃりと破顔させた。


「お褒めに預かり光栄です」


 ぽりぽりと照れ臭そうに頬を掻き、年相応の少年のような笑みを咲かせる。


「ああっ、リオさん……可愛い……アメリア様もわかりますよね? 普段は凛としていて、ローガン様の護衛一筋! って感じなのに、たまにくしゃっと笑うあどけなさが情緒を乱してくるんですよ!」

「な、なるほど……?」


 興奮冷めやまぬといったライラの言葉はわからなくはない。

 ローガンと同じく、リオが垣間見せた笑顔もまたギャップの魅力だろう。


 ただライラの熱気が物凄いため、たじろいでしまうアメリアである

 その時だった。


「ふー……」

 

 激しく動いて汗を掻いたローガンがシャツを捲し上げた。

 それから、頬に垂れた汗を拭う。

 

 その際、ローガンの下腹部がチラリと姿を現した。

 どきーん! 


 アメリアの心臓が飛び跳ねる!


(な、なに今のっ……?)


 綺麗に六等分され、くっきりと盛り上がったローガンの腹筋。

 その一筋一筋が、如何なる力も挫く猛々しさを纏っている。


 まるで壮大な山脈を眺めているかのような神秘的な美しさを放っていて、アメリアの視線が釘付けになった。


(ローガン様のお腹を見ると……なんだか……)


 ごくりと、アメリアの喉が鳴る。


 ローガンの腹筋によって、アメリアの心臓は爆発寸前だった。

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