第85話 面白いもの

「アメリア様! アメリア様! 起きてください!」


 ライラの切羽詰まった声とドアを叩く音でアメリアの意識が引き上げられる。


「な、なにっ……どうしたの……? 起きてるわ」


 何事かと、アメリアは寝ぼけた声を漏らしながら言うとライラが入ってきた。

 ライラはねぼけ眼をこするアメリアを見てぎょっとした。


「わっ、アメリア様、目が真っ赤ですよ……!? 昨日、眠れなかったのですか?」

「……空が明るくなった辺りまでは、記憶があるわ」

「朝方! 全然眠れてないじゃないですか」

 

 ライラが呆れたようにため息をつく。


「もー、夜更かしは身体にもお肌にも悪いですよ」

「うう……返す言葉もないわ……」


 不眠の理由は明白だ。

 昨日、ベンチでローガンと過ごした一件がずっと頭の中を暴れ回っていて、目を閉じても、何度寝返りをうっても寝付けなかったのだ。


 という詳細をここで話したら、今日一日ずっと顔を赤くして過ごすことになるので口を閉ざす。

 閉ざした口に反抗してか、ふあ……と大きな欠伸が出てしまった。


 そんなアメリアの様子とは反して。


「寝不足のところ申し訳ないのですが、アメリア様! 早く外に出る支度をしましょう! 面白いものが見れますよ!」


 ライラが興奮した様子で捲し立てる。


「面白いもの?」


 きょとんとアメリアは小首を傾げた。


◇◇◇


「ささ、アメリア様、こちらです!」


 ライラに手を引かれて連れて来られたのは、広大な庭園のとある一角。


「こんな場所があったんだ……」


 べらぼうに広いヘルンベルク家の敷地は、アメリアがまだ未訪の場所もある。

 ここもその一つで、見たところ何かの訓練をする場所のようだった。

 

 草一本生えていない円状のスペースには、二人の先客がいた。


「ローガン様……と、リオさん?」

 

 いつもの豪華な貴族服ではなく、シンプルで動きやすそうなシャツとズボンを身につけているローガンは木製の剣を握っている。


 朝陽に照らされる姿は気品と力強さを同時に醸し出していた。

 その対面には、同じくシャツを着た従者リオ。


 こちらも、手に木製の剣を握っている。

 両者は二言三言交わした後、流麗にお辞儀をして距離をとった。


 そしてお互いに剣の構えをとり、鋭い視線を交差される。


「ライラさん、これは一体……?」

「私もわかりませんが、今朝、ローガン様の方からリオに剣の訓練に付き合ってほしいと頼んだそうです」

「訓練……」


 そういえばヘルンベルク家は武術の家系で、ローガンも子供の頃、シャロルにみっちり仕込まれたと聞いたことがある。

 だとしてもローガンが日常的に訓練に励んでいる印象はアメリアにはない。

 

 それゆえに、軽装で剣を持つローガンの姿は非常に新鮮に見えた。


 物珍しさからか、アメリア以外にも少し離れた場所で何人か使用人たちが遠巻きに二人を眺めている。

 これから始まるであろう光景に、アメリアは緊張した面持ちで息を呑んだ。

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