第84話 何をやってるんだ ローガンside

「何を言ってるんだ、俺は…………」


 アメリアがもう何度目かわからない淑女宣言をしている一方。

自室のベッドに腰掛け、ローガンは顔を覆い呟いた。


先ほどから何度も何度もため息が漏れている。

時折自省を表す声には後悔と羞恥が含まれていた。


──もっとわがままを言っても、いいんだぞ?


思い出したら羞恥の方が膨らんだ。

暗くて、辺りに誰もいない中、愛する者が隣に座っている。


それもアメリアは、クロードとの会合で少々気疲れをしたところをそっと寄り添ってくれた。

それで、アメリアに対する愛おしさを抑えろというのも無理な話だった。

 

 今すぐアメリアを抱き締めたい、その花びらのような唇にそっと口づけをしたい。

 そんな、怒涛の如く流れ出てきた欲求の末、口にした言葉だった。


 口にした結果、アメリアは目に分かるほど動揺していた。

 幼さを残した端正な顔立ちに戸惑いと羞恥を含ませ、アメリアはじっとこちらを見つめてきた。


(正直、危なかった……)

 

 潤んだ瞳、月明かりに照らされて赤らんだ頬。

 間近で恥じらうアメリアを前にして、理性を崩れそうになったのは言うまでもない。


 ──私、は……ローガン様と……。


 あのまま何も言わなければ、アメリアはどんな言葉を口にしたのだろうか。

 言い終わる前に無理やり話を終わらせたのは、ローガン自身、その先の言葉を聞くことに怖気付いたからだ。


 聞いてしまうと、引き返す自信がなかったから。要するに日和った。

 自分から仕掛けたくせにと言われたら、何も言い訳はできない。


 ローガン自身、そのずば抜けた容貌と高い位から、たくさんの女性からアプローチを受けてきている。

 しかし彼女たちの打算的でどこか底の浅い部分に辟易して、誰一人として心を奪われることはなかった。


 故に女性慣れしていると思いきや、そうでも無かったりする。

 今までの人生において、本気で愛した初めての女性がアメリアだった。

 

 本気で愛しているからこそ、一歩踏み込む事ができない。

 本心では踏み込みたいと思っているのに。

 

 そんなジレンマを抱えていた。


「しっかりするんだ……俺らしくない」

 

 言い聞かせるも、乱れ切った感情が平静に戻る気配はない。

 先ほどからずっと、アメリアのことが頭の中に浮かんで離れなかった。


 理性的で、よほどの事がないと動じないという自認があったローガンにとって、なかなかに珍しい状態だ。

 それほどまでに、アメリアという少女を愛しているのだと改めて思う。

 

 もっとアメリアのことを知りたい。

 もっとアメリアの色々な表情を見たい。

 もっとアメリアの助けになりたい。

 もっとアメリアを守れるような男に……。


 ──なんだこの細腕は。これじゃ、あのひ弱な婚約者一人守れんぞ。

 

 不意に、今日クロードに言われたことを思い出し、ローガンはムッと顔を顰める。


「…………」

 

 確かに自分の腕を見ると、昔と比べて随分と細くなったものだと思う。

 クロードに認められたいという一心で祖母シャロルに従事し剣を振り、拳を突き出していた日々も今は昔。

 

 最近は椅子に座る時間が長くて、身体もすっかり衰えてしまっている。


「久しぶりに、身体を動かすか……」


 ぽつりと、ローガンは呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る