第80話 ローガンの変貌

 その後、アメリアは読書に戻って再び本の世界に没頭したが、じきに夕食の時間となった。


 例によってちょうど良いところでの中断となったので、アメリアは自分の部屋に本を持っていくことにする。


 本を抱えて部屋に戻る途中、ちょうど屋敷に戻ってきたローガンと鉢合わせた。

 リオは連れておらず、ローガンは一人だった。


「お帰りなさいませ、ローガン様」

「ああ、ただいま。書庫に行っていたのか?」

「はい! 『緑の辞典』という、とっても素晴らしい本と巡り会えたので、一日中読み耽っていました」


 砂浜できれいな貝殻を見つけて、親に見せにきた子供のように目を輝かせるアメリア。


「凄いんですよこの本! 国内のありとあらゆる植物についてたくさん書かれていて、読んでいたらいつの間にか時間が過ぎ去ってしまうんです!」

 

 興奮した様子のアメリアに、ローガンが口角を持ち上げる。


「とにかく、良い出会いがあったようで何よりだ。見たところ、最近、新しく仕入れたものか」

「そうです、そうです!」

 

 こくこく! とアメリアが首を縦に振る。


「たくさん本を買ってくださってありがとうございます。本当に、感謝しています……」

「礼には及ばない。アメリアが楽しんでくれているのなら、それで充分だ」

 

 さらりと言うローガンに、アメリアの胸がキュッと音を立てる。


「それにしても、本当に勉強熱心だな」

「そ、それほどでもないです……」

 

 褒められて、アメリアはほんのり頬をいちご色に染めた。


「ローガン様も、これから夕食ですか?」

「と、言いたいところだが……すまない。屋敷に人を待たせていてな。今から会わないといけない」

「あら、お客様ですか?」


 自然な流れでアメリアが尋ねるも、ローガンの返答まで間があった。


「……まあ、そんなところだ」


 ローガンの瞳に、ゆらりと影が落ちたのをアメリアは見逃さなかった。


(あんまり、会いたくなさそう……?)


 その時、ローガンの目がシルフィの持つ本に留まる。


「その本は……」


 ローガンが言うと、シルフィは諦めたように事実を告げた。


「先ほど、クロード様が書庫にいらっしゃいました」

「なんだと!?」


 ローガンが声を張り上げた。

 それから前触れなく、ローガンがアメリアの肩を掴んだ。


「何かされてないか!? 嫌なこととか、痛いこととか……乱暴されたりしていないか!?」


 アメリアに迫るローガンの眼差しは真剣そのものだった。

 両眼には焦りと心配が入り混じっている。


 突如として表情を変えたローガンにアメリアは言葉を詰まらせてしまう。


「え、えっと……何もされていませんよ? クロード様とは、二言三言、言葉を交わしただけです……」


 戸惑いながらも、なんとかアメリアは返答する。


「そうか……」


 ホッと、ローガンは安堵した表情になった。

 強張ってた肩から力が抜けるのを感じる。


「あの、ローガン様……?」


 アメリアが瞳に困惑を浮かべているのに気づいて、ローガンは肩から手を離す。


「すまない、驚かせてしまった」

「い、いえ、あの……」


 聞いていいのかわからない。

 だが、知りたいという気持ちの方が優って、問いかける。


「ローガン様は、クロード様と、その……」

「関係は良好とは言えない」


 アメリアの質問の意図を察したローガンが先回りして答える。


「だが……」


 目を細め、ゆっくりと息を吐いた後に、ローガンは言った。


「それでも、兄弟であることは変わりない」


 まるでどこかへ吐き出すような言葉は、アメリアの心に妙に響いた。

 それから何も言わず、ローガンは歩き始める。


 彼の背中が静かな廊下の向こうへと消えるのを見つめながら、アメリアは考え込む。


 ローガンの兄、クロード。


 彼に対する印象は、決して一言で表せるものではなかった。

 あの強烈な存在感と、それとは対照的な本への愛着。


 そして何より、ローガンとの微妙な関係性。

 頭の中で、まだ見ぬパズルのピースが現れたような気がした。

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