第67話 ライラという侍女

「ふうっ、今日も大量ね……」


 夕方、ヘルンベルク家。

 オレンジ色の陽光が広大な裏庭に降り注ぎ、空気はぽかぽかと温かい。

 実家で妹に見当違いの憎しみを向けられているとは露知らず、アメリアは今日も今日とて雑草採集に没頭していた。


 脇に置かれた手編みのバスケットには、深緑の雑草が山のように積み上がっている。


「ヨモキにハコぺ、あとノビー! これだけあれば雑草のフルコースが作れるわ」


 アメリアは目を爛々と輝かせ、興奮冷めやまぬ様子だ。

 その時、裏庭の奥から一人の少女が姿を現した。


「アメリア様〜!」


 メイド服を纏った彼女は、小柄な体躯には似合わぬ元気さでこちらに近づいてくる。


 髪色は色鮮やかなハニーブラウンで、背中まで伸ばした部分を横で一纏めにしている。

 赤茶の瞳は太陽に負けじと輝いており、人懐っこそうな笑顔は思わず頬が綻んでしまいそうなあどけなさを纏っていた。


「見てくださいアメリア様、たくさん採れましたよ!」

「わあ、こんなに!」


 少女の持つバスケットを覗き込んで、アメリアは弾んだ声を上げる。

 バスケットの中には、何種類もの雑草が綺麗に並べられていた。


「たくさん手伝ってもらって、悪いわねライラ」

「お気になさらないでください! この植物のひとつひとつが美味しいご飯やお薬になると思うと、やる気がとっても出ちゃって……私も凄く楽しいです!」


 ライラと呼ばれた少女はそう言って、屈託のない笑顔を浮かべた。


 ライラは、アメリアの付き添いの侍女の一人である。

 シルフィと同じくアメリアの身の回りの世話をしているが、こうして雑草採集も手伝ってくれている。


 年齢はアメリアより一つ下の16歳。

 歳の割に落ち着いたシルフィとは違い、ライラは天真爛漫で感情豊か。

 一瞬で場の空気を和ませるような明るさを持っている。


「そう言ってくれると、私も嬉しいわ」

「実家が花屋を営んでいるので、元々自然は好きだったんですよー。花も植物も、見ているだけで癒されますよね」

「素敵! 見ているだけで癒される……わかるわ、その気持ち!」

 

 同じ自然好きと言う事で妙に馬が合う二人は、きゃっきゃと楽しそうに話を弾ませる。


「っと……すみません、話し込んでしまって。結構良い時間ですし、今日はこの辺にしませんか?」

「そうね……」


 おしまいの合図を唱えられて、アメリアの表情が少しだけしゅんとなる。

 まだまだ(なんなら明日の朝くらいまで)雑草を採取したいという気持ちがあった。


 しかし今晩は夕食で雑草料理をローガンに振る舞うと決めている。

 仕込みのことを考えると、そろそろ切り上げないといけない。


 名残惜しそうに裏庭を眺めてから、アメリアは言った。


「そろそろ、上がろうかしら」

「はい! では、タオルを取ってきますね」

「ありがとう、ライラ」


 アメリアが言うと、ライラとはくしゃりと微笑んで、たたたっと駆けて行った。

 後に残されたアメリアは今一度、裏庭を見渡してから呟く。


「……ライラが帰ってくるまで、もう少し」

 

 あとほんの数分だけでも、雑草ちゃんたちと戯れていたい。

 そんな思いと共に、再び屈もうとした時。


「今日も精が出ているな」


 耳心地の良い声をかけられて、アメリアはハッとする。

 この屋敷に来て数えきれないほど聞いた声に最初はビクビクしていたものの、今やアメリアの心を弾ませる不思議な力を持っていた。


「相変わらず、この裏庭は天国だと思います」


 そう言いながらアメリアは振り向く。

 ローガンがいつもの仏頂面、しかしよく見ると微笑ましげに口元を緩めて立っていた。

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