第66話 エリンの思い込み

「むかつく! むかつく! むかつくむかつくむかつくむかつく!」


 セドリックに部屋を追い出され、自室に帰ったエリンは荒れに荒れていた。

 枕元いっぱいに並べていたぬいぐるみを辺りに投げつけ、踏み潰す。


 花瓶を床に振り落とし、ベッドを両拳で何度も何度も殴りつけた。

 エリンの欲求の赴くままにコーディネートした豪華な部屋も、今やどこか物寂しい。


 すっかりとドレスの数が減ってしまったクローゼットを見るたびに、胸のムカムカが迫り上がってくる。

 所有欲の強いエリンにとって、自分の持ち物であるドレスを勝手に売り払われるなど許されないことだった。


 父親に対して抱いていた尊敬など綺麗さっぱり消え去って、憎悪すら覚える勢いだ。


「一体、何があったのよ……」


 セドリック曰く、このような事態になったのは姉アメリアが原因だと言っていた。


「どういうことなの……お姉様は暴虐公爵の元で、毎日惨めな生活を送っていたんじゃないの……?」


 へルンベルク家の当主、ローガン公爵は社交界にほとんど顔を出さないものの、噂だけは大きく独り歩きしている。


 冷酷で無慈悲、怒りっぽくてすぐに暴力を振るうと専らの噂だ。

 アメリアがローガン公爵から婚約を受けたと聞いた時、エリンは心の底から愉快に思った。


 ローガン公爵の元に嫁いだアメリアは、これから辛く、惨めな生活を送るに違いないと信じて疑わなかった。

 そんな中での、今回の事件。大量に金が必要になったと言うことは、へルンベルクから多額の賠償金か何かを請求されたのだろう。


 考えていると、ある一つの可能性が思い浮かんだ。


「……お姉様は鈍臭くて、頭も悪かった……きっと、何か公爵家に迷惑をかけたんだわ……」


 アメリアが、へルンベルク家で何かをやらかした。

 先祖代々受け継がれたとても高価な壺を割ったのか、それともローガン公爵自身に多大なる不敬を働いてしまったのか、実際のところはわからない。


 ただ、アメリアが何かしらへルンベルク家に損害を与えた。

 その損害賠償を、ハグル家が被る羽目になってしまったのだ。


「それなら合点がいく……きっと、そうに違いないわ……」


 エリンの中で確信が深まっていく。

 他責志向の強いエリンはまさか自分の家側に問題があったとは考え付かず、アメリアのせいでこうなったと考えた。


 もはや、そうとしか考えられないとエリンは思った。 


「お姉様……」


 エリンの両拳に力が籠る。

 先程まで抱いていた物とは別の種類の怒りが胸底から湧き起こってくる。


 それは沸々と煮えたぎる熱湯のようで、冷める気配は少しも感じられない。


「絶対に、許さないから……」


 その両眼は、燃えるような憎悪に満ちていた。


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