第65話 二人の憤慨
「お父様!! 一体どういうわけ!? はっきりと説明して!!」
「アナタ! 黙ってないで何か言ったらどうなの!? このままダンマリだなんて絶対に許さないわ!」
ハグル家の邸宅。執務室にエリンとリーチェの怒号が響き渡る。
二人とも顔を真っ赤にし、息を荒げ、嵐の如く怒り狂っていた。
「黙って私のドレスを売り払うなんて、なんてひどいことをするの! ああっ、ルーベックにサイゴン! もう二度と手に入らない特注品もあったのに! 」
「私の宝石も! なんの相談もなく勝手に売るなんて何を考えているの!? この前買ったメルエールの新作も一度もつけてないのよ! それなのに……!!」
「エドモンド公爵家のお茶会に着ていく予定だったシャレルのドレスも売るなんて! 公爵家のお茶会に娘を流行遅れの芋ドレスで参加させるなんて、お父様は恥ずかしくないの!?」
そのうち窓が割れてしまうんじゃないかと思うほどの甲高い悲鳴にも似た追求。
「ぐぬ……ぬぬ……」
セドリックはテーブルに蹲ってしばらく耳を塞いでいたが、やがて堪えきれなくなったとばかりに声を荒げた。
「ええい! 黙れ黙れ黙れ!! 」
ドンッ!! ドンッ!!
テーブルに勢いよく拳を叩きつけ唾を飛ばすセドリック。
「ぎゃあぎゃあ喚くな! 何度も叫ばずともわかっておる!」
いくつもの青筋を浮かべた形相は今にも噴火しそうだ。
「なんでお父様が怒っているのよ!」
「そうよそうよ! 逆切れされる筋合いはないんだけど?」
父に似て気の強い二人は負けじと言葉を返す。
セドリックは「ぐっ……」と呻いた後、絞り出すように言った。
「……どうしても、昨日までに纏った金が必要だったのだ……お前たちに相談する時間が無いほど緊急を要していたからこのような形となった、すまないと思っている……」
屈辱の念に身体を震わせながら、セドリックは頭を下げた。
纏った金──約6000万メイル。
メリサのやらかしにより、クラウン・ブラッドの破損を含めた賠償金として請求された金額である。まさしく、アメリアを嫁に送った際の支度金なぞ霞むほどの額だった。
そもそも財政難を理由としてアメリアを嫁に出したくらいなのだ。
碌に領地経営もせず、自分を含めエリンやリーチェの贅沢を容認し金を湯水のように使っていたセドリックに、そのような金額を急に払えと言われても無い袖は振れない。
しかも今回の請求には支払い期限が決められていた。
法的拘束力はないとはいえ、相手は王家との関係が深い公爵家。
その上、今回メリサが危害を加えようとした相手が先の大戦の軍神シャロルともなれば、期限を破るなんてとんでもない。
であれば、取れる手段は限られてくる。
そう、屋敷内にあるドレスや貴金属といった贅沢品を金に変えることであった。
背に腹は変えられないと、セドリックは二人への相談をスルーして請求額に足りるだけの財産を売り払った。
その代償として、エリンとリーチェから火山の大噴火のような怒りを買うこととなったのだ。
「はあ!? 何よそれ! まさかお父様、自分が散財したお金の埋め合わせに私のドレスを売っ払ったの!?」
「信じられない! そんなことをするなんて、見損なったわ!」
(くっ……黙って売却したのは正解だったな……)
怒り狂う二人を前にして、セドリックはそう思った。
この様子だと、二人が大切に大切にしているドレスや貴金属を売却したいという相談を事前に持ち掛けても、揉めに揉めていたことだろう。
支払いが遅れることだけは絶対に避けなければいけない事態だったので、結果的にこちらの方が幾分かマシだったと言える。
しかしかれこれ1時間も言われっぱなしのセドリックの堪忍袋は既に限界を迎えていた。
「私は何も悪くない!! 全部全部! アメリアが悪いのだ!!」
セドリックが声を響かせると、罵詈雑言の火山と化していたエリンとリーチェの口がぴたりと止まる。
「アメリアが……? 意味がわからないわ! この件とアメリアがどう関係するの?」
「一体どういうこと? お父様、説明して!」
二人の更なる追求にセドリックは押し黙る。
メリサのやらかしの一件を、セドリックは2人に明かしていなかった。
支度金の回収のために向かわせたメリサがやらかし、公爵家から多額の賠償金を請求されてしまった。
こんなの、完全に自分の落ち度でしかない。
プライドの高いセドリックは、この失態を二人に明かせないでいた。
「い、今、情報を諸々整理している! とにかく色々あったのだ! 時が来たら必ず話す! だから今は放っておいてくれ……!!」
「何よそれ! 納得出来ないんだけど!」
「そうよそうよ! ちゃんと説明してちょうだい!」
ぎゃーぎゃーと喚く二人を宥め、なんとか部屋から追い出すまでセドリックは追加で1時間の時を要してしまうのであった。
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