第64話 後処理

「メリサの処遇についてだが……」


 一週間前、アメリアを襲撃した元侍女。

 メリサの名をローガンが口にした途端、アメリアの紅茶を持つ手が止まる。

 

 実家にいた頃メリサにされてきた数々の嫌がらせ。

 そして先週、馬乗りにされ、ローガンからプレゼントされた『クラウン・ブラッド』の宝石を奪われた記憶が脳裏に蘇った。


 紅茶の表面が小刻みに波打つ。

 かたかたと、アメリアの手が震えていた。


「大丈夫か?」

「あ……」


 そっと、ローガンが手をカップに添えてくれる。

 ローガンのさりげない優しさに、手の震えはじきに収まった。


「大丈夫、です……ありがとうございます」


 ゆっくりと、アメリアは紅茶をテーブルに置く。

 ローガンは申し訳なさそうな顔をしていたが、やがて表情を真面目なものに戻し話を再開する。

 

「奴への尋問は完了し、罪状はおおよそ固まった」


 もはや名も口にしたくないと言った表情で、ローガンは続ける。


「諸々を吟味した結果……」


 固唾を呑むアメリアを真っ直ぐ見つめ、ローガンは言葉を口にした。


「奴は、ノース山脈での無期限労働に処すこととなった」

「ノース山脈……」


 アメリアの記憶の糸が呼び起こされる。


「確か、鉱山がありましたよね」

「そうだ。鉱石においては国内でも有数の産地で、ブラッドストーンが採れる場所でもある」


 ブラッドストーン──ローガンにプレゼントしてもらった、クラウン・ブラッドの原料となる鉱石。


「庶民だと一生お目にかかれない量のブラッドストーンに囲まれて生活するのだ。クラウンブラッドに執心だった本人はさぞ満足だろう、尤も──」


 スッと、ローガンが目を細めて言う。


「ノース山脈は標高の高い岩山で、訪れるだけでも過酷な場所だ。作業環境は劣悪で、たびたび死者も出ている。加えて鉱山には、奴と同じように犯罪を犯し追放された荒くれがたくさんいる」


 そんな場所に放り込まれたらどうなるか。

 容貌は難ありと言えど、性に飢えた男たちがメリサをどうするか想像するに容易い。


「奴は一生、多大な苦痛を強いられることになるだろう」


 冷たい表情で、声色で、淡々と言葉を並べるローガン。

 ひしひしと隠しきれない怒りが滲み出ていて、アメリアは喉を鳴らす。

 

「これで……良かったんですよね」


 自分に言い聞かせるように、アメリアは言う。


 メリサの処遇について納得感はありつつも、アメリアの心境は複雑だった。


 ざまあみろと思っているとか、手放しで喜んでいるとか、そういうのはない。

 

 メリサは自分に対し酷い仕打ちをしてきた。

 その報いを受けただけの、自業自得。


 それ以上の感情は湧かなかった。


 他人の転落を高笑いするような性質の持ち合わせは、アメリアには無かった。


「公爵家の婚約者に暴行を働いた身としては軽いほどの罪だ。処刑されなかっただけ、まだありがたいと言えよう」

 

 ローガンの言う通りだ。

 実際の法律に照らし合わせると、メリサは極刑を免れないことをしている。


 だから今回の結果は妥当とも言えた。

 見方を変えると今回の処遇は、シャロルが言っていたところの『死よりも苦しい刑』なのだから。


 願わくば、メリサが遠い地で反省をしてくれればと思うアメリアであった。


「あの……少し話は変わりますが、実家にはどのような通達を?」


 今回の一件は、実家であるハグル家の監督不行き届きでもある。

 なので、メリサを雇用している実家も責任の一端を担うはずだ。


「アメリアの実家には、クラウン・ブラッドの破損を含めた賠償金として多額の請求書を送った。此度の婚約の支度金なぞ霞むほどのな……今頃、ハグル家は対応に追われているだろう」


 当然とばかりにローガンは言う。


「支度金が霞む程とは、なかなかですね。とてもじゃないですが、払えるかどうか……」


 アメリアの頬が引き攣る。

 なにしろ、その支度金をアテにしていたくらいなのだ。


 実家の資金繰りに関しても絡んでいたアメリアは、領地の財政状況についてもある程度把握している。

 母リーチェや妹エリンの贅沢のせいで、そこまで余裕のある状況ではないはずだ。


 そこに今回の賠償金が降り掛かってくるとなると……目も当てられない事態になるだろう。


 それらの心配事も察しているとばかりに、ローガンは余裕げな笑みを浮かべて言う。


「ハグル家がどれだけの資産を伯爵家が持っているかは、ある程度調査でわかっている。端的に言うと、妹や夫人の保有する資産を売れば十分足りるだろう」


 その言葉に、アメリアはハッとする。

 確かに、妹エリンが揃えたドレスや、義母リーチェの持つ宝石類などを売り払えばかなりの額を確保できるだろう。


 資産価値は多少落ちるとはいえ、元々それらの出費で財政が傾いていたようなものなのだから。


「今回の件で、実家まで取り潰しになってしまうのは、アメリアの本意ではないだろうからな」

「諸々の手続きと、ご配慮いただき、ありがとうございます……」


 アメリアが深々と頭を下げると、ローガンは「君が気にすることではない」と言う。


 各々の欲望に身を任せて手に入れた財産を手放すとなると、エリンやリーチェ、そして父セドリックは憤慨するだろうが……これも自業自得としか言いようがない。

 むしろこの件に関しては、今まで家族に様々な仕打ちを受けていたのもあって、多少は溜飲が下がるといった気持ちだった。


 何はともあれ、メリサの一件の後処理は大方完了しているようで、アメリアはようやく安堵の息を吐くのであった。


(本来であればこの際、アメリアを不幸にした連中をまとめて処したかったが……それはもう少し、お膳立てを済ませてからでも遅くはないだろう)


 そんな思惑がローガンの胸中にあることを、アメリアは知らずに。

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