第68話 忙しい感情

「お仕事はもう終わったのですか、ローガン様」


 母親を見つけた雛鳥みたく、てててっとローガンのそばにやってきてアメリアが尋ねる。


「ああ、早めに切り上がったから様子を見にきた」

「お疲れの中、わざわざすみません……」

「婚約者の顔を少しでも見たいと思うのは普通のことだろう?」


 とんでもない事をさらっと言うローガンに、アメリアの心臓がどきーん! と跳ねる。


「そ、そうですねっ……私も、ローガン様のお顔を見ることが出来て……とても嬉しい、です」


 後半の部分は蚊の鳴くような、ちっちゃい声になってしまった。

 ほんのりと頬を熱くして言うアメリアに、ローガンは微かに目を細める。


「そういえば、今日はアメリアの手料理が食べられるんだったな」

「は、はい! ちょうど食材(ざっそう)を摂り終えたところです」


 綺麗な石を子供が母親に見せるかのように、アメリアはローガンにバスケットを見せる。

 バスケットの中を見るなり、ローガンは「ほう……」と目を丸めた。


「色々な種類があるな」

「そうなんです! ヨモキはサラダに、ハコペはおひたしに、そしてノビーはパスタと絡めると美味しいんですよ! 他にも……」

 

 そこでアメリアはハッとする。


「ご、ごめんない、熱くなってしまって、つい……」

「ふっ……」


 照れを隠すように顔を伏せるアメリアに、ローガンが珍しく笑みを溢す。

 

「わ、笑わないでくださいよ、もうっ」

「すまない、すまない。アメリアの雑草愛が相変わらずで、微笑ましくてな」

「私にとって空気のようなものなので……」


 毎秒摂取してないと死んでしまう。

 アメリアの中で、雑草は大きな比重を占めていた。


「何はともあれ、今夜の夕食は期待している」

「お、美味しくできるかはわかりませんが、精一杯頑張りたく思います!」

「そう気を張らないでもいい。アメリアが作ったという事実だけで、美味しいことは決まっているのだからな」

「あっ……あう……そう言っていただけると、嬉しい、です……」


 また消え入りそうな声で返してしまう。

 さくらんぼ色にした頬を見られたくなくて、アメリアは顔を伏せた。


「むっ……」

「いかがなさい……ひゃっ」


 不意に、ローガンの手がアメリアの髪に触れた。

 びっくりして後ずさり、顔を上げると。


「ああ、驚かせてすまない。これがついていた」


 そう言って、ローガンが小さな葉の欠片をアメリアに見せた。

 雑草採集に夢中になっている際、知らず知らずのうちに頭についてしまったのだろう。


「あ、ありがとうございます……」


 ぱっぱと自分の髪をはたきながら、アメリアは小さく礼を口にした。

 声がいつも以上に上擦ってしまっていて、余計に恥ずかしさが込み上げてくる。


 暴虐公爵と呼ばれていた頃の印象はどこへやら。


 ローガンの誠実さや優しさ、そして時折見せる愛情表現。

 それらにほっこりしたり、ドキドキしたりと、感情が忙しい。


 ローガンのことが大好きなアメリアにとっては喜ばしい事ではあった。


 しかし異性慣れしていないアメリアからすると、ローガンが自然と口にする言葉や行動のひとつひとつが事あるごとに胸をときめかせ、顔を熱くしてしまう。


 そのうち心臓が破裂してしまうかもと心配になるくらいだった。


 そんな二人のやりとりを、少し離れたところから眺める影が一つ。


「あらあらあら……」


 タオルを持って帰ってきたライラが口に手を当て、ニコニコではなくニマニマと言った微笑ましい表情をしていた。

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