第61話 嫌な夢と温かい現実
アメリアがへルンベルク家に嫁ぐ事になる二年前。
トルーア王国の首都、カイドにあるとあるホールの隅っこにて。
「……はあ」
アメリア・ハグルはもう何度目かわからないため息をついた。
今日はアメリアの十五歳のデビュタントの日。
王都の中でも一際存在感を放つ王城の、一番広くて煌びやかなホールには自分と同じデビュタントの年齢を迎えた令嬢たちがたくさんいる。
成人となったこれからの人生への門出と、生涯を共にするお相手探しが活気に溢れていた。
普通なら喜ぶべき日のはずだが、当のアメリアはそれとは真逆のテンションだった。
それもそのはず。
(なるべく誰とも喋らない……受け応えは最低限に……基本的には隅っこでじっとしている……)
父セドリックから厳に言い聞かされた言葉を頭の中で反芻する。
もしこれらの言いつけを破ろうものなら、家で待っているのは罵倒と折檻だろう。
アメリアのこのデビュタントにおいて果たすべき役割は『妹と違って、地味で暗くて醜い令嬢という悪い噂を立てる』事だった。
幸い(?)にも、アメリアのその役割は果たせているようだった。
アメリアが、亡き母でありハグル家の侍女であったソフィと、父セドリックの不貞によって生まれた子であるという事実は、社交界ではそれなりに有名だ。
その汚名を晴らすべく取られた手段は、妹のエリンの評判を上げる事。
そのためにロクな栄養もドレスも与えられず、見た目も服装もボロボロなアメリアに、令嬢たちは侮蔑の視線と陰口を贈った。
ただ大半は腫れ物を扱うかのように無視されているので、幸い(??)にもアメリアは静かな時間を過ごす事ができた。
「…………」
もうすっかり温くなった水をちびちび口に含みながら、パーティの様子を眺める。
自分と同じ年齢の他の令嬢たちは、殿方と談笑に興じたりワルツを踊ったり、三者三様に夜会を楽しんでいる。
おそらく彼女たちに取って、この夜会は一生に残る幸せな日になるに違いなかった。
もはや、羨ましいという気持ちも生まれない。
生まれた頃から否定され続け、自分の存在価値を完膚なきまでに叩き潰されたアメリアにそんな余裕はなかった。
ただただ、父の言いつけを守らないと……という考えだけがアメリアの頭にあった。
(早く……帰りたい……)
帰ったら帰ったで、待っているのは冷たくて孤独な離れのオンボロ小屋だけど。
居るだけで惨めで辛い気持ちしか生まない会場から、一刻も早く立ち去りたかった。
そんな時だった。
「一人なのか、君は?」
最初、その声が自分に向けられたものだとアメリアは気づかなかった。
「そこの君だ」
もう一度言われて、気づく。
振り向くと、そこには──。
◇◇◇
(……なんだか、とても懐かしい夢を見ていた気がするわ)
嫁ぎ先であるヘルンベルク家の、自室のベッドの上。
アメリア・へルンベルクは「ふわぁ」と欠伸をしてから寝ぼけ眼を擦った。
どんな内容だったかは思い出せないが、あまり良い内容ではなかったような気がする。
だが所詮夢は夢だ。
すぐに見切りをつけて、上半身を起こし「んー」と伸びをしてから周囲を見回す。
広く、清潔感もある、明るい部屋。
大きな窓から差し込むぽかぽかとした朝陽が気持ち良い。
外から聞こえてくる耳心地の良い小鳥のさえずりに、思わず鼻歌を歌ってしまいそうだ。
「うん、今日もいい草日和」
弾んだ声で言うアメリア。
アメリアの、本日の予定の一つが決まった瞬間でもあった。
こんなに良い日には裏庭散策に限る。
重度の植物フェチであるアメリアにとって、へルンベルク邸の広々とした裏庭を自由に散策するのは至高のひと時であった。
眠気などとっくに吹き飛び、植物を愛でる時間に思いを馳せる。
アツカメクサちゃんにアグワイナちゃん、タコピーちゃん。
今日も、会いに行くからね……。
「むふ……むふふ……むふふふふふふ……むふふふふふふふふふふふ」
「あの、アメリア様、お顔が怖いです」
「ぴゃっ!?」
急に鼓膜を震わせた声に、思わず飛び上がるアメリア。
「い、いたの、シルフィ」
「何度もノックした上に、失礼しますも言いましたが」
「ごめんね、思いが募り過ぎて聞こえていなかったわ」
「今日も元気そうで何よりです」
黒髪短髪、小さめの背丈にメイド服。
幼さの残った顔立ちは小動物を思わせる──アメリアの専属の使用人のシルフィは、呆れた様子で息をついた。
【あとがき】
本日19時にも投稿します。
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