第54話 許せない メリサside

 夢でも見ているのかと思った。


 へルンベルク家の門番に足止めを食らっている所へ、タイミングよくアメリアがやって来た。

 彼女の姿をしっかりと視界に収めて、メリサは愕然とした。


(本当に、アメリア……?)


 目を疑った。


 メリサの記憶の中のアメリアは、ガリガリで肌も薄汚れていて、髪も毛先がちれじれでボロボロ。

 表情も暗く、『醜穢令嬢』の名に相応しい容姿をしていた。


 それが……今やどうだ?


 メリサの前に現れたアメリアは、ぱっと見でわかるほどの変貌を遂げていた。


 肌は白くハリがあり、髪に至っては絹糸のように美しくサラサラだ。

 表情も心なしか光が宿っているように見えた。


 確かに、面影は残っている。

 最後に会った時よりも肉付きは良くなっているとはいえ、まだまだ身体は細くて不健康だし着ているドレスは見覚えのある地味なやつだ。


 だが、とメリサの勘が囁く。


 もっと食べてちゃんとしたドレスを着て化粧をすれば、アメリアはとんでもない美人に……そこで、メリサは考えることをやめた。


 ありえない、そんなはずはないと、脳が現実を拒否した。


 認められなかった。

 いや、認めたくなかった。


 あの愚図で遥か下に見ていたアメリアが、磨けば眩いほど輝くダイヤの原石などと……。


 表情筋が引き攣らせながら、メリサは言葉をかける。


「久しぶりね、アメリア」


 つい昔の癖と、意識がアメリアの容姿に気を取られていたため敬語が抜けてしまう。


「……っと、大変失礼いたしました、アメリア”様”。つい昔のよしみで」


 危ない、アメリアは今は公爵様の夫人だった。

 実家にいた頃と同じように接していたら、門番に不審がられてしまう。


 なんだか悔しいが、ここは我慢するしかないと分別を弁えるほどは、今のところメリサの理性は残っていた。

 

 今のところは。

 

 それからアメリアに命じて、門番に通してもらった。

 彼女の近くまで来て、メリサは気づく。


(なんでコイツがあの宝石を……!?)


 アメリアの首にかかるペンダントを見て、メリサは目を剥いた。


 先程、王都の宝石店でごねにごねても手に入らなかった、メリサにとって喉から手が出るほど欲しかった一品。


 しかもそのペンダントの宝石は、宝石店で見たものよりもずっと大きくて美しい輝きを放っていた。


 ペンダントの宝石が、メリサが欲しかっていたそれよりもずっと格の高い一品、“クラウン・ブラッド”である事をメリサが知る由もない。


「……あの?」


 宝石に気を取られている間に、アメリアが不思議そうに首を傾げている。


(いけない、いけない……)

 

 念の為周囲を確認してから。

 動揺を悟られぬよう、メリサは平静を装って口を開く。


「元気そうね、アメリア。まだそんな薄汚いドレスを着ているの?」


 それから嫌味を投げかけてみても、アメリアは愛想笑いを浮かべるばかり。

 支度金のことでチクチク突いても、謝罪の一点張りだった。


 どこか余裕すら感じるその対応に、メリサは内心で歯軋りする。


(……気に食わないわね)


 自分の中に芽生えた感情が嫉妬であることを自覚した途端、メリサのプライドはわかりやすく傷ついた。


 行き場のないイライラは怒りとなってメラメラと燃え上がり始める。


 そんなメリサの内情など欠片も知らないアメリアの案内で、屋敷までの道のりを歩く。


 その後ろ姿を、どこかビクビクした物言いを、たまに何もないところでこけそうになる癖を目にするたびに、彼女がアメリアであることを嫌でも確信させられる。


(……冗談じゃないわよ)


 悔しさが、怒りが、ムクムクと姿を表していく。


(ああ、腹が立つ……)


 イライラが募って、わなわなと肩が震え始める。

 歳をとると気が短くなってどうもいけない。


 実家だったら、いつものように何かと理由をつけて鬱憤を発散していたが、ここは公爵様の敷地内。


 流石のメリサも何かを起こそうという気には理性がかかっていた。

 だが、一度火がついた苛立ちは消えそうにない。


 なんとかして解消したい。


 そんな中、メリサに思いつきが舞い降りた。


(そのペンダント……寄越してくれないかしら)


 それは、悪魔の囁きだった。


 どこでその宝石を手に入れたのかは知らないが、まさか公爵様に貰ったものではないだろう。

 こんな根暗で好かれる要素のない愚図が、あんな高価な宝石を譲り受けられるわけがないとメリサは思った。


(確かアメリアは……庭でよく、妙な石を採取していたわね……)


 きっと、どこかで取ってきた石を自分で加工して、せめてものおめかしをしているつもりなのだろう。


 そうだ、きっとそうに違いない。


(そもそも、その宝石はブラッドストーンじゃ無いんだわ。確かに似ているけど、輝きも違いすぎるし全く別の宝石ね……あのクソ店主も、ノース地方の山脈でしか取れないと言っていたし……)


 都合よく組み上がっていく、メリサの解釈。

 欲しいが先で、理屈はあとだった。


(むしろ、ここでアメリアから貰うのはなんらおかしい事じゃないわね……)


 ニヤリと、メリサは口角を釣り上げた。


 支度金の件でこれだけ手間をかけられたのだから、迷惑料として宝石の一つや二つ貰うくらいどうって事ないだろう。


 いや、むしろ貰って然るべきだ。

 貰って当然だとすらメリサは思った。


 全ての思い込みが終わってからは早かった。


「ところで」

「きゃっ……」


 アメリアの腕を引っ張ると同時に、上がる悲鳴。

 怯えるように見上げてくるアメリアに構わず、メリサがペンダントを指さして言った。


「それ、私にくれない?」


 返答を待つまでもない。


 ニタニタとメリサは笑う。


 今までの、実家での出来事を思い返す。


 メリサが目をつけ、寄越せと言ったのもはアメリアは文句なしに渡してきた。

 今回もきっと、どうぞ貰ってくださいと言わんばかりに差し出してくるだろう。


(むしろ、アメリアじゃ不釣り合いなペンダントを、この私がつけてあげるのだから感謝されてもいいくらいだわ)


 アメリアが激変した事については記憶から抹消したらしい。


 すでにメリサ頭の中では、“この美しいペンダントを身につけた美人な自分”の姿を思い描いてうっとりしていた。


 自分の体格が年々横に伸びていってる事実も、ついでに記憶から抹消したようだ。


「……や……です……」


 ぴくりと、メリサの眉が動く。


「なんですって?」


 声を低くして聞き返す。


 おかしい。

 絶対に、アメリアの口から出るはずのない言葉が出た気が。


「いや……です!」


 今度ははっきりと、聞こえた。



--あとがき&お知らせ--


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