第47話 ローガン様と街をぶらぶら

 一通りドレスを購入した後。


「せっかく王都に来たのだから、街を見て回るか」


 というローガンの提案により、メイン通りを二人で歩くことになった。


 今日の天気は雲ひとつない快晴。

 お出かけがなかったら庭散策に精を出していたであろう、絶好のお外日和であった。


 ちなみにドレスは店の方で仕立てた後、後日お屋敷に送り届けられる手筈となったので二人とも手ぶらである。


 街をだらりと散策なんて初めてだと、アメリアがわくわくを抑えきれないでいると。

 

「手を」


 さりげなく、ローガンが手を差し出してきた。

 

「はっ、はい……」


 エスコート経験なんて皆無なアメリアは、それだけで心臓の音を大きくしてしまう。

 

 自分の手に重ねられたローガンの手は大きくて、力強くて。

 そして何よりも、温かかった。


「君は掴まえておかないと、どこかへふらっと行ってしまいそうだからな」

「流石にそんな、迷子の子供みたいにはなりませんよ……あっ、あそこの人混み、面白そうなので行ってみましょう!」

「説得力という言葉を知っているか?」


 そんなこんなで、街を散策する二人。


「ふふん、ふふーん♪」

「楽しそうだな」

「はい、とっても」


 アメリアは勢いよく頷く。

 好奇心旺盛なアメリアにとって、来たことのない都会の街は見ているだけで楽しかった。

 

 どこまでも続く煉瓦作りの建物も、お洒落なカフェテラスも、露天商も、目に映るもの全て新鮮で興味をそそられる。


 もちろん、ローガンと二人きりという点が楽しさの大部分を占めている事は言うまでもない。


 しばらく歩いていると、胃袋を刺激する良い匂いが漂ってきた。 

 ぴたりと足を止めて香りのする方を目をやると、一店の露天商がジュウジュウと美味しそうな音を立てている。


 香辛料をまぶした牛肉に甘辛いタレを絡めてじっくりと墨で焼いた、『牛串』と呼ばれる食べ歩き専用の料理のようだった。


「食べたいのか?」

「えっ、いや、そういうわけでは……」


 ぐぅ……とアメリアのお腹から音が鳴る。


「わかりやすいな、君は」

「き、聞かなかったことにしてくださいっ」


 顔をいちご色に染めて首を振るアメリアに、ローガンが言う。


「食べてみるか」

「……いいんですか?」

「ちょうど昼時だしな。それに俺も、ああいった料理には興味がある」

「それでしたら……お言葉に甘えて……」


 というわけで。

 二人で一本ずつ購入し、通りのベンチに並んで牛串にかぶりついた。

 

 瞬間、香辛料のスパイシーさと甘辛いタレが肉の旨味と合わさって、口の中で味の大洪水が発生する。


「んんん〜〜〜っ……」


 肩をぷるぷる。

 足をパタパタ。


 口内を暴れ回る旨味の塊にアメリアは興奮を抑えきれない。

 

「うむ……なかなか食いでがあって美味い」

 

 ローガンも好評のようだった。


 もぐもぐ、ごくんっ。


「美味しいです!」

「何よりだ」


 ローガンが小さく笑う。

 その笑顔が、餌を頬張る小動物を見るそれだと気づいたアメリアはハッとする。


(いけないいけない……子供のような食べ方は止めにしないと……)


 これから、公の場にも出る機会があるのだ。

 普段から意識づけをしておいて損は無い。


 それからは自制心を効かせて、なるべくゆっくりと、一口も小さく食べ進めていった。


「急に淑女らしい食べ方になったな」

「お茶会もありますしね。食べ方」

「殊勝な心がけだ」


(これはこれで、料理の味を落ち着いて堪能できて良いわね……)


 なんてことを考えながら食べていると。


「口元についている」

「へっ……むぁっ」


 突然、ローガンが自分のハンカチをアメリアの口元に当てた。

 

 とんとんと、優しく口元を拭いてくれる。

 その不意打ちと、ふわりと漂うシトラス系の香りに頭がくらくらした。


「綺麗になった」

「ぁっ……ぁぁ……」


 ぷしゅーと俯く。


「ありがとう、ございます……」


 蚊の鳴くような声。


「淑女までもう一歩、というところだな」


 ふ、とどこか楽しそうに言うローガンに、余計に顔の体温が上昇した。

 耳まで真っ赤になった顔を悟られないように、はむ……はむ……とアメリアは残りの牛串を食すのであった。


 食べ終えてからも、ぶらり歩きは続く。

 次にアメリアが足を止めたのは、宝石店の前だった。


「わあ……」


 ゴージャスな宝石やネックレス類が、ショーウィンドウに綺麗に並べられキラキラと輝いている。


「気になるか?」

「い、いえっ、えっと……」


 正直、とってもとっても興味がある。


 アメリアだって年頃の女の子だ。

 今までこういったお洒落グッズを手に取ることな出来なかった分、心惹かれてしまうのも無理はない。


 キラキラとしててなんか可愛い、というのがアメリアの印象であった。


「気になるなら、入ってみると良い」


 アメリアの内心を察したローガンが、そう口にする。


(ああ、もう……このお方はどれだけ……)


 その先の言葉は言うまでもない。

 先ほどからローガンの一挙動が心遣いと愛情に溢れていて、アメリアの胸はぽわぽわしぱなしだった。


「ありがとうございます……じゃあ、少しだけ……」


 ローガンに手を引かれて、アメリアは宝石店へと足を伸ばすのであった。




 ──……あー、本当イライラするわ……──




 ……どこからか、覚えのある声が雑踏に混じって聞こえてきたのは、気のせいだろうか?

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