第44話 ローガン様と王都へ

「はわあ……」


 馬車の窓から望む王都の街並みに、アメリアは思わず息を漏らした。

 その姿はまるで、遠足にやってきた子供である。


「景色に釘付けになるのは良いが、身を乗り出して落ちないように気をつけろ」


 対面に座るローガンが、いつものように淡々と言う。


「はっ……気をつけます!」


 ぱっと、アメリアは席に戻ってお利口さんの姿勢に戻った。

 

「いちいち面白い動きをするな、君は」

「お、落ち着きがなくてすみません……」

「いや、いい。せっかく二人きりなんだし、変に周りを意識する必要も無い」


 二人きり、というフレーズにアメリアの頭がほわっとなった。

 ドレスを買いに行くだけとはいえ、ローガンと外出というのはアメリアにとって心躍るイベントであった。


 当初は従者も連れて行く手筈だったが、治安の良い王都だし、せっかくの機会だしということで二人きりになった。


 アメリアにとってはこの上ない至福のひとときとなったのである。


「ふふ……」

「何か、嬉しいことでもあったのか?」

「な、何故わかるのですか?」

「鏡で自分の顔を見てみるといい」

「そんな顔に出ておりましたか……」

「君はわかりやす過ぎるんだ」

「お恥ずかしい……」


 にんまりと、アメリアは口角を持ち上げて。


「ええ、嬉しいこと、ありましたよ」

「ほう?」

「ローガン様と二人きりでお出かけ、です」


 アメリアが言うと、ローガンは「……っ……そうか」と息を詰まらせたように呟き窓の外に視線をやった。


 つられて、アメリアも外に目をやる。


 目に映るのはトルーア王国の首都、カイドの街並みだ。


 ずらりと並ぶレンガ作りの建物は、赤や黄やオレンジなど様々なカラーリングでまるで虹のよう。


 教会と思しき背の高い白い建物の前では、修道女と思われる集団が会話に花を咲かせている。


 今、アメリアの乗る馬車が走っているのはメインストリートらしく、両脇の歩道には数々の露店が様々な商品を並べており、人通りも多く賑わっていた。


 ずっと実家の離れに幽閉され街など出てきたことのないアメリアにとって、目に映る光景はどれも新鮮で見ているだけで楽しかった。


「栄えてますねー、王都」 

「戦後からかなり時間が経っているからな。活気も戻って、かつて以上と聞いている」


 戦後、という言葉にアメリアの知識箱が開く。


 およそ五十年前、アメリアたちの暮らすトルーア王国は隣国に侵攻を受け防衛戦争を強いられた。

 戦火は市街地にも及び、ここ王都も業火に見舞われたと聞いている。


 街を注意深く眺めていると、時たまレンガの崩れた建物や何かが焦げた跡のある壁が見えて当時の戦況を物語っていた。


 侵攻は当時の名将軍や軍神と呼ばれる戦士たちの活躍によりなんとか勝利を収め、王国は滅亡を免れた上に戦勝国として更なる繁栄を遂げた、というのがアメリアの持つ断片的な知識である。


 実際はもっと複雑な事情が絡み合い、凄惨な様相を極めていたのだろうが、その時代を生きていないアメリアにとっては実感の湧かない出来事であった。


「やはり、平和が一番だ」


 ぽつりと、ローガンが街を眺めながら呟く。


「……ですね」


 アメリアが同調すると同時に、馬車が歩みを止めた。

 

 目的地に着いたようだった。

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