第29話 怒り ローガンside
「アメリア様の力は本物です」
アメリアが雑草ディナーを楽しんだ翌日の執務室。
オスカーが、興奮を隠し切れない様子でローガンに言った。
いつもよりもしゃんと背筋を伸ばすオスカーを見て、ローガンは言う。
「……腰、治ったのか」
「ええ。ここ最近の痛みが嘘のようになくなりました。現役時代を思い出します」
「今も充分現役だろう」
腰を前後左右にぐるぐる動かして見せるオスカーに、ローガンは冷静なコメントしてから顎に手を当てた。
「やはり、凄まじいな。アメリアの力は」
昨日の時点で、事の顛末についてオスカーから報告は貰っていた。
裏庭でのアメリアの行動から、オスカーの腰痛の一件。
その辺に生えている雑草や花から一瞬で薬を作ってみせたと聞いた時はにわかに信じられなかったが、オスカーがそんな嘘をつく男では無いことは付き合いの長いローガンが一番よく知っている。
とどめとばかりに、一日ですっかり腰を良くしてきたオスカーという誤魔化しようのない証拠が上がったことにより、彼女の調薬スキルは晴れて確実なものとなったのであった。
まさに、百聞は一見にしかずである。
そしてこの事態は、オスカーの悩みの種が一つ増えたことを意味していた。
「……この薬だけでどれほどの利益が出ると思う?」
「さあ、想像もつきませぬ。腰の痛みに効く薬自体はあるのですが、効果が違います。私もこれまでいくつか服用してきましたが、アメリア様が作った薬が段違いに効果がありました」
「効果もそうだが……本質的な問題は別にある」
「圧倒的な作りやすさ、ですな」
「ああ」
商品の価格は原価によって大きく変化する。
原価が高ければ市場に並んだ際の値段は高いし、低ければ安い。
至極当然の原理だ。
薬学の分野はここ数十年の間に飛躍的に進歩し、続々と新薬が発表され市場に出回っているものの、まだまだ価格は高く効果もいまひとつな物も多い。
そんな中。
腰痛という、高齢の者や座り仕事を主とする者であれば誰しも抱える疾患を一晩で治す薬が、そこらへんに生えている植物で簡単に作れる。
どこぞの悪どい商人が意図的に価格を釣り上げない限りは、非常に安価な値段で提供されることになるだろう。
そんなものが流通してしまえば、市場破壊どころの話ではない。
ローガンは頭を抱えた。
「ハグル家はこんな逸材を押し込めていたのか……国家レベルの損失だ……」
やはり、ハグル家は知らなかったんだろう。
金に意地汚いハグル家が、アメリアのスキルを知った上で金儲けをしないわけがない。
無自覚だったとは言え、歯痒さでいっぱいになった。
田舎の実家ではなく、王都のちゃんとした教育機関、あるいは研究機関で学べば現代の薬学の進歩を数十年単位で進められたかもしれないのに……。
(いや、過ぎたことを考えても仕方がない。問題は……)
今後のアメリアのスキルの扱いについてだ。
この能力を今後どのように使っていくのか、もしくは使わないのか。
慎重に検討していかなければならない。
この部分は、アメリアとも要相談である。
国に仕える身のローガンとしては、アメリアには能力を存分に発揮し我が国の薬学を飛躍的に進歩させてほしい……という個人的な考えはあったが。
ローガン自身、アメリアを利用し利益を得てやろうなどとはミリも考えておらず、あくまでも彼女の意思を尊重したい考えであった。
「その、ハグル家についてですが」
黙考していたローガンにかけられたオスカーの声色が、変わっていた。
ローガンは、彼の声に含まれる感情に覚えがあった。
「アメリア様の実家にいた頃の情報が上がってきました。昔、ハグル家に勤めていた侍女からです。現在も勤めている侍女と繋がりがあるらしく、情報筋として確度は高いかと」
ローガンの前に、数枚の報告書が並ぶ。
それを手に取って一枚一枚目を通すうちに、ローガンの瞳にひとつの感情が灯り始めた。
メラメラと燃え盛る業火の如きそれはオスカーと同じ。
『怒り』だ。
──ダンッッッ!!
ローガンの拳が机に叩きつけられる。
半分ほど中身が残ったティーカップが音をたてて揺れた。
「……ふざけてるのか」
拳を振り下ろした衝撃で宙を舞った報告書には、『両親からの虐待』『離れに軟禁』『侍女による虐め』など、おおよそ十代の少女が受けてはならない単語が並んでいた。
「ええ、まったくです」
普段は落ち着いた物腰のオスカーからも、隠しきれない怒りが滲んでいる。
ローガンはいったん冷静になるべく深く息を吐いた後、腕を組みじっと考え込んだ。
しばらくして、ローガンは立ち上がる。
「アメリアのスキルについて考えるのは後回しだ。まずは、彼女自身の問題について認識を合わせておかねばならない」
「同意です」
「客観事実は揃った。あとはアメリアに直接聞く」
「かしこまりました。残りのタスクは明日に回しますか?」
「今日の分の書類仕事は全て終わらした」
「おや、よく捌き切れましたね。ここ数日、作業スピードが目に見えて上がっているように見えます」
「妙に体の調子が良くてな。アメリアのくれたタージリンのおかげか」
「それですね」
「それしか考えられんな」
残りの紅茶を飲み干してから、ローガンは上着を羽織る。
「今日、来客予定だった者への対応だけ頼む」
「かしこまりました」
恭しくオスカーは頭を下げ、普段よりも大股で部屋を去るローガンを見送るのであった。
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