第28話 『美味しい』を分かち合う

 美味しいものを食べていると、誰かにその美味しさを分かち合いたくなるというのは人の性である。


 アメリアも人の子なので、美味しいものを食べているうちに沸々とその欲求が湧いてきた。


 普段の料理はここの屋敷の人たちにも馴染みのあるものだろうと思っていたのだが、雑草とのコラボレーション料理は無いだろう。


「……アメリア様、何か?」


 そばに控えるシルフィに、アメリアは言った。


「シルフィも食べてみない?」

「え?」


 予想外の言葉だったのか、シルフィが虚を疲れたように目を丸める。


「ヨモキのサラダは苦味があってちょっと癖があるから、ノビーのパスタが良いと思う! オイルパスタとの相性が最高なの」

「あ、いえ……どんな味かと興味はあるのですが、私は従者の身分ですので、おいそれとアメリア様のご夕食をいただくわけには……」

「いいの、いいの。シェフのみなさんには調理場で味見してもらって、とても好評だったわよ」


 シルフィが振り向き、後ろで控えているシェフをキッと見やる。

 シェフはわざとらしく口笛を吹きそっぽを向いた。


 今この場に、シェフとシルフィ以外に人はいない。

 シルフィは何やらグルグル頭の中で考えるような素振りを見せた後、最終的にため息をついて言った。


「アメリア様がお望みであれば……」

「うん、食べて食べて!」


 アメリアが当然のように席を立つ。

 シルフィは逡巡する素振りを見せたが、ニッコニコなアメリアに促されておずおずと席に腰掛けた。


「では……いただきます……」


 予備のフォークとスプーンを器用に使い、ノビーのパスタをぱくり。


「……っ!!」


 シルフィの目が大きく見開かれる。


「美味しい、です」

「でしょう!?」


 ぱああっと、アメリアが百点満点の笑顔を浮かべた。


「ガーリックと唐辛子の刺激の中に、ノビーという葉の爽やかさが合わさって……語彙力がなく申し訳ないのですが、なんというか、ずっと食べていたい味です」


 ──嬉しかった。


 母が死んでからは、あの離れの殺風景な家屋でずっと一人で食べていた。

 一緒にいてくれたのは、屋根裏で走り回るネズミか窓に根城を構えた蜘蛛くらいだった。


 自分が美味しいと思ったものを、美味しいと言ってくれる共感。


 長らく忘れていた、誰かと『美味しい』を分かち合う嬉しさだった。


 アメリアの胸に、じんじんと熱いものが湧き上がった。


「アメリア様、ありがとうございました」


 いつの間にか席を立ったシルフィが、頭を下げて言う。


「大変美味しゅうございました」

「ううん、どういたしまして! よかった、お口にあって」


 屈託なく笑うアメリアに、シルフィが言葉を続ける。


「ローガン様にも、作ってあげないとですね」

「うっ……そ、そうね! 作って、是非食べていただきたいものだわ……」


 アメリアが言い淀んだのは、パスタやスープはシェフに手伝ってもらったからだ。

 料理歴十年とドヤ顔をかましたものの、複雑な調理器具や火を使うタイプの料理をした事がなかった。(離れに無かった)


 わざとらしく素知らぬ顔をして口笛を吹くシェフを見て、アメリアは料理の上達を決意するのであった。


 席に座り直し、夕食を再開するアメリア。

 

 スープにつけたホクホクのパンをもっちゃもっちゃと頬張りながら、ふと思う。


(ローガン様……お仕事頑張ってるかな……)


 あのベッドでのドタバタ以降、ローガンとは顔を合わせれていない。

 日中は仕事で屋敷を留守にする事が多く、なかなか会えずにいた。


 とはいえ、寂しさは無い。

 数日したら忙しさがピークを抜けて時間を作れると言っていた。

 その約束があるだけで、十分だった。


 十年も一人だったのだ。

 数日なんて秒である。


(ふふ……楽しみだなあ……)


 隣の空席を見やって、アメリアは次にローガンに会えるのを心待ちにするのであった。

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