第24話 オスカーの戦慄

 アメリアが「完成!」と弾んだ声を上げるまでそう時間はかからなかった。


 最終的に出来上がった液体を小瓶に入れて、オスカーに手渡す。


「アメリア様、これは……」

「腰の痛みに効くお薬よ」


 一仕事やり終えたアメリアの声は興奮気味だった。


「これを寝る前に腰の痛むところに塗っておくと、夜中の間に痛みを抑える成分が染み込んでいって、次の日には多少楽になっていると思うわ。とりあえず一回分を作ったから、効果があったらまた言って。そしたら新しい分を出すから」


 アメリアがすらすらと言ってみせると、オスカーは感嘆の息を漏らした。


 同時に、身震いした。


 予想はしていた。 

 まさかこの小さなご婦人は、腰の痛みに効く薬を作ってしまうのでは、と。


(作ってしまいおった……)


 それも、ものの短時間で。


 よりも驚くべきことは、アメリアがそこらへんの裏庭に生えているような草花と、粗末なお手製の道具で作り上げてしまったという点だ。


 その知識量、技術力、機転の利きよう。


 素人目でも、わかる。


(……天才、いえ……鬼才とも言うべきでしょうか)


 オスカーは確信する。

 このお方は、一伯爵令嬢の器に収まる御仁ではないと。


「本当は熱したり、濾過したりしたほうが効果は高まるんだけど、あり合わせの材料で道具で作ったからそこは許して欲しいかな。ヨザクラ草とかもあると良かったんだけどねー」


 知識をひけらかすわけでもなく、ちょっぴり残念そうに言葉を並べるアメリアを前にしてオスカーの指が微かに震えていた。


 気づく。

 年甲斐もなく、興奮している自分に。


(いつぶり以来の、感覚でしょうか……)


 ──1度見たものを決して忘れない、教えられたわけでもないのに数学の問題をすらすら解く異端児、幼き頃のローガンを目にした時以来の感覚だ。


「アメリア様は……」

「はい」


 思わず、オスカーは尋ねていた。

 

「その調合スキルを、どうやって?」


 尋ねずにはいられなかった。

 オスカーの質問に、アメリアは一言。

 

「母の、おかげです」


 懐かしそうに目を細めて、アメリアは続ける。


「基本的なことは、母が全部教えてくれたんです。もっとも、母が亡くなった後は自分で試行錯誤しましたが……あっ、腰痛に効く薬に関しては母も腰を悪くしていたこともあって、何度か作っていたので得意だった、という事情があったりします」

「なるほど……」


 オスカーはふむふむと呟く。


「教えていただき、ありがとうございます」


 アメリアの口にした情報は表面的なものだ。

 しかし、オスカーは深掘りはしなかった。


 具体的にどんな事を学んだのか、試行錯誤とは何をしていたのか……といった質問は、従者である自分ではなくローガンが直接した方が良いと判断したためだ。


 アメリアの能力は、母親譲り。


 それだけわかれば、今は充分だった。


 オスカーはアメリアに向き直る。


 まだ、薬の効果を実感したわけではない。

 などと無粋な事を考えて、未だアメリアへ猜疑の目線を向けるほどオスカーは愚者ではない。


 アメリアが来てまだ数日だが、そのくらいの時間があれば、彼女がどんな人格を持つ人間なのか大体わかる。


 自分のために手を泥だらけにして、細い腕でせっせと薬を作ってくれたあどけない淑女に、オスカーは深々と頭を下げ最大限の敬意と謝辞を込めて言った。

 

「ありがとうございます、アメリア様」


 オスカーの礼にアメリアは、対価を求めるわけでもなく得意げにすることもなく。

 ただただ役に立つ事ができたと言う嬉しさでいっぱいの笑顔を浮かべて、こう返すのであった。


「どういたしまして!」

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