第22話 裏庭デビュタント

 アメリアがめでたく裏庭でビュタントを果たした本日の天気は快晴。


 時刻は昼過ぎ。

 雲ひとつない澄んだ青空が、ヘルンベルク家の裏庭とアメリアを見下ろしていた。


「こ、これが裏庭……!?」


 アメリアは驚愕した。


 屋敷の敷地が広いため裏庭もかなりの規模なんだろうなと見当をつけていたが、予想を遥かに超える広さの裏庭がアメリアの目の前に広がっていた。


 青々しい野原はたくさんの草花が咲き誇っており、アメリアが全力疾走して息切れしてもまだまだ続くほど広い。

 そしてその奥には様々な種類の木々が生えており、入ってしまうと迷って出てこれなくなりそうだ。


 手入れはほどほどにされているとのことだが、そもそもこの広大なエリアに手を入れ切るのは不可能だし、客人に見られる箇所でもないため荒れている箇所もある。


 もっとも、植物たちが好き放題に生え散らかしているというのもアメリアにとっては僥倖極まりないことでもあるが。


「それにしても……」

 

 兎にも角にも、広い。

 すんごく広い。


 ローガンには好きにしていいと言われたが、こんなの一日で散策し切れるわけがない。

 

(こんなの……こんなの……)


 きらりんっと、アメリアの双眸に光が弾ける。


「最高じゃない……!!」


 新鮮な空気を肺に思いっきり入れたあと、アメリアは脱兎の如く駆け出した。


 アメリアの脇には一冊の大きな本。

 表紙には『植物大全』と書かれている。


「これはレンケ! あ、これはアツカメクサ! すごい! ヒメーズの花もある! あれ、これは……なんだろう?」


 走り、しゃがみ、時折本を見て「あ、なるほどこれは……」と呟き頷くアメリア。


 そんな、水を得た魚のように活発的な動きを見せる彼女を眺める初老のセバスチャンが一人。


「おっほっほ……若々しくていいですのう」


 オスカーは、口元の髭を撫でながら微笑ましそうに呟いた。


 ……元々、この裏庭散策にはローガンが同行する予定だった。


 しかしローガンは今日もみっちり予定が入っていたため、手が空いたオスカーがアメリアの植物採取に付き添い……もとい、監視することになった。


 監視の目的は……『アメリアが本当に自分で薬を調合しているのか』の判別。


 アメリア曰く、薬は数々の植物を組み合わせて調合していたとのことだったため、此度の植物採集の様子を見ればそれがわかるはずだという思惑だった。


 しかし……。


「ふむふむ……アグワイナの花蜜と、タコピーの原液を比率2:1で混ぜると……なるほど! より強力な滋養強壮剤ができるのね!」


(何を言っているのか、さっぱりわかりませぬな)


 薬学知識など皆無に等しいオスカーには、アメリアの言動が正確な知識に基づいているものなのかはわからない。


 アメリアの口からすらすら出てくる横文字は全て邪教を呼び寄せるの呪文か何かに聞こえていた。


(……まあ、折を見て質問するのが良いでしょう)


 オスカーとて、御歳六十を数える人生のベテランだ。

 相手が演技をしているのか、実(まこと)から行動をしているのかくらい見分けはつく。


 それでいうと、アメリアが出鱈目や嘘を言っているようには見えない、というのがオスカーの所感であったが……調合スキルの真偽については念には念を入れて確かめたい、というのが本音であった。


 それほどまでに、アメリアの持つスキルは重要なファクタになっていた。

 下手すると、今後の国家を左右するかもしれないほどに。


(もしアメリア様のスキルが本物であれば……いや……) 


 それは、従者である自分が考えることではない。


 大きく息をついて、オスカーは妖精のように自然と戯れるアメリアを目で追うことに集中するのであった。


 しばらくして、ほくほく顔のアメリアが軽く息を切らして戻ってきた。


「楽しんでおられますかな?」

「はい! とっても!」


 今日の太陽にも負けない良い笑顔を弾けさせるアメリアが、オスカーの前にやってきてペコリと頭を下げる。


「今日は付き添いいただきありがとうございます」

「とんでもございません。万が一にも林の奥にいかれて帰って来れなくなったりする事がないよう、目を光らせておきますゆえ、アメリア様はごゆるりと楽しんでください」

「あはは……」


 否定できない。


「それでは、そろそろに休憩しましょうか」


 いつの間にか机と木椅子セットを手にしたオスカーが言った。


「わっ、素敵ですね。ありがとうございます、オスカーさん」

「オスカー、で良いですよ。あと敬語も外しましょう。使用人と主人の関係ですゆえ」

「え、でも……」


 アメリアからするとオスカーは歳上も歳上である。

 呼び捨てで敬語も外すとなると、抵抗があった。


 視線を彷徨わせるアメリアに、オスカーは言い聞かせるように口を開く。


「謙虚さは美徳ではありますが、仮にもアメリア様は公爵家夫人となるお方。使用人に遜(へりくだ)っていては、周りの見え方的に少々都合が悪いでしょう」


 アメリアは先日、シルフィと同じようなやりとりをしたことを思い出した。

 貴族社会にほとんど身を置いてこなかったため、この手の慣習には未だに不慣れな部分が多い。


(でも、これからローガン様の妻となるのであれば……)


 ヘルンベルク公爵家令嬢として、恥ずかしくない言動を取らないといけない。


「わかったわ……オスカー」

「結構。それでは、そろそろ休憩時間といたしましょうか」

「……そうね。昨日までずっと家に引きこもっていたので……休み休みいきましょう」

 

 どこかぎこちない平常語で言うアメリアにオスカーは満足そうに頷いた。


「では準備いたしますので、少々お待ちを」


 オスカーが机と椅子を並べるために前屈みになって……。


「あいたたっ……」

「オスカーさん!?」


 腰を押さえて表情を歪めたオスカーに、アメリアの声が響いた。


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