第21話 夢の生活

 ヘルンベルク家に嫁いで三日間のアメリアの生活は一言で言い表すことができる。


 まさに、『夢の生活』だ。


 好きなだけ寝て、好きなだけ食べて、好きなだけお風呂に入った。


 日中は屋敷内を散歩したり、その道中で見つけた図書室で本を読んだり、使用人の方と談笑したりして過ごした。


 最初はハグル家によって流された噂を鵜呑みにして距離を置く使用人もいたが、専属侍女ソフィが等身大のアメリアの評判を上書きしてくれた上に、実際のアメリアの真面目で人懐こく、しかしどこか抜けている人柄に警戒を解きすぐに打ち解けた。


 アメリアは、心身ともに充実した生活を送っていた。

 これを夢の生活と言わずしてなんと言うのか。


 字面だけ見ると不健康生活な印象も受けるが、午前中にはしっかりと起きるし、食事もシェフが栄養バランスを考えたものでむしろ健康的であった。


今まで生活が崩壊していたアメリアにとって、ヘルンベルク家での生活は、目にわかるほどの変化を身にもたらした。


 寝不足によって出来ていたクマはすっかりと消えて無くなり、たっぷりと栄養を取り続けたことで少しずつ肌の血色も良くなっていってる。


 相変わらず骨令嬢と言われても仕方がないヒョロガリ具合だが、ヘルンベルク家に来てから食に目覚めなんでも美味しい美味しいと食べ続けていることから、アメリアが平均体重に到達するのはそう遠くない未来であろう。


「ふふーん♪ ふふーん♪」

「ご機嫌ですね、アメリア様」

「あ、わかっちゃう?」


 朝のお風呂上がり、自室にして。

 髪を梳かしてくれているシルフィに、アメリアはお菓子を買ってくれた子供のような笑顔を向けた。


 アメリアの上機嫌の理由を知るシルフィも、ふっと小さく笑う。


「いよいよですものね」

「ええ、待ち侘びたわ」


 ──そう。


 今日は待ちに待ったお庭散策の日。

 初日にぶっ倒れ安静の命を受けるのも今や大昔のように思える。


 実家にいた頃は毎日欠かさず植物を愛でていたアメリアにとって、七十二時間も自然と触れ合えないのは死活問題であった。

 

 禁断症状が爆発して奇行に走らぬよう、実家から持ってきた植物たちで気を紛らわしていたもののやはり生には勝てない、生には。


 それぞれ違う匂いを演出してくれる草々、瞳に宿しているだけで頬が緩んでしまう愛らしい花たち、芳しい土の香り、燦々と輝く太陽……。


 自然を司る一つ一つが神秘的で、愛おしくて、我が身の一部と言っても過言ではなかった。


 自然と触れ合えないこの三日間を思い起こす。

 屋敷の窓を隔てて眺めることしかできない口惜しさたるや、神によって仲を引き裂かれた想い人を焦がれる日々だった。


 しかし、それも今日で終わり。


 終わりだ。


 今、会いに行くからね……。


「むふ……むふふ……むふふふふふふ……」

「アメリア様、怖いです」

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