第11話 アメリアの急変 ローガンside

「アメリア……!?」


 突然お腹を押さえ蹲るアメリアに、ローガンの背中に冷たいものが走った。

 

「アメリア様!」


 侍女のシルフィも駆け寄ってくる。


 アメリアの顔色は悪い。

 まるで即効性の毒物でも飲んだかのようだった。


「おい! 何か入れたわけではないだろうな……!?」

「い、いえ! 私どもは何も……!!」


 ローガンに詰め寄られたシェフは顔面蒼白だ。

 

「アメリア様、大丈夫ですか……!?」

 

 シルフィが問いかけるが、アメリアは苦悶の表情のまま動かない。

 ローガンはアメリアのそばに膝をついた。


(何か、相性の悪いに食材に当たったのか……?)


 ピーナッツや卵、エビなど、特定の食物を食べると身体が拒否反応を起こす症例があり、最悪の場合死に至ることもある。


 対話の際、アメリアには事前にそういう食材がないかヒアリングして特にないと聞いていたのだが。


(なんにせよ、只事ではない……!!)


 ローガンは声を荒げた。


「オスカー! 今すぐ医者を呼べ!」

「はい、ローガン様。ただいま使用人を、そう時間を要せず来るかと……」


 このような状況になっても落ち着いた様子のオスカーがそう言う間に、アメリアはシルフィに視線を向けた。


「シルフィ……お願いがあるの」

「は、はいっ、なんでしょう?」

「私の部屋の……戸棚の上から二番目に入れた布袋を取ってきて貰っていいかしら……?」

「戸棚の上から二番目の布袋ですね! た、ただいま……!!」


 シルフィが脱兎のごとく食堂を飛び出した。


「おい大丈夫か! しっかりしろ……!!」

「だい……じょう、ぶです……」

「これが大丈夫なわけがあるか……!?」


 逼迫した様子のローガンを、アメリアは見上げる。

 

(なんだ、その顔は……)


 まるで、親に叱られるのを恐れる子供のような……。

 怯えなのか、それとも身体の不調なのか。


 アメリアの肩口が、小刻みに震えていた。


「ご迷惑をおかけして……申し訳、ございません」


 そんなこと言っている場合か! 

 そう声を上げそうになるのを押し込めて。


 泣きそうな声を漏らすアメリアに、ローガンは落ち着かせるように声を掛ける。


「大丈夫だ、きっと大丈夫だ。すぐに医者が来るから……」


 そう言って、ローガンはアメリアの背中を摩った。


「ローガン、様は……」


 ふわりと、柔らかい笑みを浮かべて。

 ローガンの瞳を見据えて。


「お優しい、のですね……」

「……優しい?」

 

 ──俺がか?


「アメリア様! 持ってきました!」


 その時、シルフィが布袋を手に戻ってきた。

  

「ありが、とう……そこに、置いてくれる……かしら?」

「は、はい!」


 シルフィが布袋をテーブルの上に置くと、中からゴロゴロとたくさんの小瓶が出てきた。


「これは……?」

 

 ローガンが訝しむ間に、アメリアはガチャガチャと「これでもない……これも、違う……」とぶつぶつ呟きながら小瓶を物色した後。


「あった……」


 薄い緑色の液体が入った小瓶を掴むなり、一気に喉に流し込んだ。


 ──変化は一目瞭然だった。


 先程まで蒼白だったアメリアの表情に、みるみると血色が戻っていく。

 浅かった呼吸は規則性を取り戻し、ぽたぽたと噴き出していた冷や汗が少しずつ引いていった。


「なん……だと……」

「ほほう……これは……」


 ローガンが驚愕し、オスカーが興味深そうに頷く。


 落ち着いた様子のアメリアが、大きく息を吐いた。

 仕草から見るに、腹痛は治ったらしい。


「……ありがとう、シルフィ。お陰で、なんとかなったわ」

「いえ……私は……」


 シルフィは動転していた。

 目の前で起きた出来事を信じられない、と言った様子だった。


(信じられない……)

 

 ローガンも同じ心境だった。


 見たところ、アメリアが小瓶に入った液体を飲んでから症状が一気に落ち着いたように見えた。

 あの液体はなんらかの薬と考えるのが普通だろう。


(通常、薬は飲んでしばらくして効き始めるもの……だが、この即効性の高さは……)


 公爵貴族という職業柄、上位の薬の効果を見たことは何度かあったがこれほどまでに高い効力を発揮する薬は目にしたことが無かった。


「到着しました!」


 そのタイミングで使用人が医者を連れてやってきた。


「急病人とのことで参りました、まずは診断を……」


 立派な髭を蓄えた医者は、周囲を見渡し「はて?」と首を傾げた。


「……病人は、どなたでしょう?」

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