第10話 豪勢な食事

 シルフィと引っ越しの荷物を片付け終える頃には、すっかり日が暮れてしまった。

 ちょうど夕食時だというシルフィに連れられただっ広い食堂に向かうと、大きな縦長のテーブルの中央にローガンが座っていた。


 ローガンの隣に、空席の椅子が一つある。


「アメリア様、旦那様の隣へ」


 そう言い残して、シルフィはローガンの後ろの壁に控えるように立った。


「どうした、早く座れ」

「し、失礼します」


 おずおずと隣に座って、ちらりとローガンを伺う。

 今まで書類仕事に追われていたのか、表情には疲労が浮かんでいるように見えた。


 忙しい合間を縫ってくれたのだろう。

 アメリアの胸に仄かに温かなものが宿った。


「多忙な中、ありがとうございます」

「流石に初日くらいはな。明日からは同席できるかはわからん」

「それでも、とても嬉しいです」


 にっこりと笑って思ったことをそのまま言うと、ローガンは居心地悪そうに頭を掻いた。


(何か、変なこと言ったかしら……?)


 アメリアが首を傾げている間に食事が運ばれてくる。

 次々に眼前に並べられる料理たちは、豪勢としか形容しようのないものだった。


(いや、多くない?)


 前菜のサラダに、ホクホクと熱々そうなパン。

 ステーキには刻んだ野菜と絡めたソースがかけられていて、ミディアム焼きの赤身がキラキラと輝いている。

 それにエビの丸焼き、濃厚そうなクリームパスタまであった。


「どうした、口に合わないものでもあるのか?」


 目をぱちくりさせて固まるアメリアに、ローガンが怪訝そうに尋ねた。


「いえ、その……三日分はある量だなと」

「三日分? 一食分だぞ?」

「そうですか……そうなんですね」

(ローガン様はとんでもない大食漢であられる……)


 アメリアはそんな確信を深めた。


 ……量で言えば一般的な貴族と同じくらいなのだが、まともな食事をほとんど口にしたことがないアメリアにはわかるはずもなかった。


 食前の祈りを捧げてから、フォークを手に取り恐る恐るサラダを口に運ぶ。

 

「ちゃんと野菜から食べるのか」

「一番慣れ親しんだものから食べようかと」


 強制ベジタリアン生活でしたので。


(ああ……美味しい……)


 レタスにセロリ、ブロッコリー……トマトまで!

 新鮮な生野菜というものを、アメリアは初めて食べたかもしれない。


 実家では、見るからに野菜とわかるものは育てられなかった。

 侍女やエリンに見つかったら踏み荒らされることが見えていたから。


 こっそり育てていた雑草たちも美味しくもあったが、やはり新鮮さと食べやすさでは一般的な野菜に及ばない。


「好きなんだな、野菜が」

「はい、ふきです!」

「口からセロリを生やしながら喋るんじゃない」

「しゅ、しゅみません……」


 バリボリとセロリを胃に収めてから、今度はパンに手を伸ばす。


(ホックホクでほんのり甘くて……美味しい!)


 小麦粉なんていつぶりだろう。

 実家で出されるパンといえば、歯が折れてしまうんじゃないかと思うほど硬くて味もしない代物だった。

 白い部分を押したら指が沈むなんて、パン革命にも程がある。

 

「パン単体でそんなに美味しそうに食べる奴は初めて見たな……」


 もっちゃもっちゃと幸せそうにパンを頬張るアメリアにローガンが言う。


「普通は肉や魚などと一緒に食べるものなのだが」

「あ、ほうなのですね」

「口からパンを生やしながら喋るんじゃない」

「ふ、ふみません……」


 パンを飲み込んでから、一口サイズに切り分けられたステーキを口に運ぶ。


「……!!」


 全身に衝撃が走った。

 じゅわりと、口の中にソースと肉の旨味が広がった瞬間、脳天を旨味という旨味が直撃して言語機能を司る部分がポシャってしまった。


 噛んだ瞬間、溶けてなくなるほど柔らかい上質な肉ということだけはわかった。


 わなわなと震える手でパンを取り、一口大に千切って口に放り込んだらもう大変。


「美味しすぎます……!!」


 その後も、アメリアはどの料理を食べても美味しい美味しいとオーバーな感情表現をした。

 心なしか、後ろに控えているコックも頷き誇らしげだった。


 極端に低い栄養生活を送っていた反動で、淑女ということを忘れ食事に没頭するアメリア。


 時々正気に戻って、食事の際のマナーを必死に取り繕っている素振りを見せるが爆発した食欲の前では無駄なようだった。



◇◇◇



(まるで、飢えた子猫だな……)


 一心不乱に料理を食すアメリアに、ローガンは思った。


 特別この家の料理が美味しくて感動している、というわけではない。

 単純にまともな料理を食べてこなかったからこんなリアクションになっているように感じた。


 先刻から積み重なっていく違和感。

 アメリアの、今にも骨が見えそうな細腕を見て思う。

 

(やはりアメリアは……)


 ──かちゃんっ。


 小さくない金属音が響き、思考が中段される。

 横を見ると、アメリアが腹を両手で抑え苦悶の表情を浮かべていた。


「アメリア……!?」


 食堂に、ローガンの大声が鳴り響いた。

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