第9話 侍女の勘違い
「何これ……?」
侍女に通された部屋を見るなり、アメリアが漏らした一声である。
「何って、奥様のお部屋ですよ」
黒髪短髪の侍女が、感情の乏しい表情で告げる。
アメリアは愕然とした。
明らかに、実家の一番良い部屋よりも上等な部屋だった。
まず、広い。
広過ぎて逆に圧迫感があるくらい広い。
壁は一面ブルーベリーカラーの花柄模様。
天井にはたくさんの蝋燭が刺さったシャンデリア。
大きな窓からは気持ちの良い陽の光がこれでもかと差し込んでいる。
天蓋付きのキングサイズベッドは見るからにふっかふかで清潔感があり、鏡台も大きく不便は無さそうだ。
「王族のお部屋?」
「いいえ、旦那様の屋敷の中でも、ミドルクラスのお部屋です」
「これでミドル……!!」
今度は目の玉が飛び出しそうになるアメリアは、噂を鵜呑みにしている侍女の『公爵様の妻にも関わらず中堅の部屋を充てがわれている』という嫌味に気づくことができない。
気づくわけがない。
なんと言ったって、アメリアが今まで住んでいた離れが犬小屋同然の有様だったのだから。
星屑が落ちそうなほど目を輝かせるアメリアに、侍女は咳払いする。
「あ、ごめんなさい。ええと……」
「シルフィです。早速ですが、お荷物の整理を手伝わせていただきます」
「手伝っていただける……のですか?」
「……? 何か問題でも?」
実家では侍女というと、余り物のような食事を汚れた皿に乗せて運んでくる、食事を完食できなかったら躾と称して無理矢理口に詰め込んでくる、目が気に入らない態度が気に入らないと何かと難癖をつけて叩いてくる──そんな存在だ。
だから自分を手助けするというシルフィの言葉に現実感を持つことが出来ない。
……本来侍女とはそういうものなのだが、全く逆の扱いを受けてきたアメリアにはピンと来ていない。
(ここで手を煩わせてしまったら、ローガン様に迷惑をかけてしまうかも……)
そんな的外れな思考に至ったアメリアは、なるべく相手を怒らせないよう言葉を選んで口を開く。
「シルフィさん、お構いなく。荷物もこれだけですし、一人で大丈夫ですよ」
しかしアメリアの意図に反して、シルフィは怪訝そうに眉を顰めた。
「……何か、見せられないようなものでも?」
「え? いや、そういうわけではありませんが……」
淑女としては、ちょっと微妙なブツが入っている。
羞恥から、アメリアはトランクを守るような位置に立った。
それがいけなかったらしい。
「念の為、中身を見せていただいても?」
シルフィの目に警戒心が宿る。
仲間の侍女達を伝ってアメリアの悪い噂をさんざん聞いてきた彼女が頑なに隠すモノ。
(刃物……もしくは爆薬……とか……?)
様々な可能性が頭に巡って、シルフィの警戒度は鰻登りであった。
(この女は、旦那様にうまく取り入ってヘルンベルク家を没落させんと目論む悪女かもしれない……)
この屋敷は私が守らないと!
優秀な侍女であるシルフィは、そんな使命感に燃えていた。
「ええっ、大丈夫、本当に大丈夫ですから……」
「大丈夫とかそういう問題ではなく、中に危険物が入っていないかのチェックです」
「危険物!? ま、まあ、用法を間違えると危険なものもありますが……」
「……!! やはり持っているのですね! 」
シルフィは軽快な身のこなしでアメリアの後ろに回った。
「旦那様の身に何か危険が及ぶようなものがあっては遅いのです!」
「ああっ、ちょっと……!?」
アメリアの制止も構わず、シルフィは勢いよくトランクを開け──。
硬直した。
シルフィも、アメリアも、時間も。
「……なんですか、これ」
抱えるほどのトランクの中には、たくさんのきんちゃく袋や小瓶が詰め込まれていた。
それぞれの容器には走り書きで何やら色々書かれている。
「えっと……草とか、薬草とか、お薬とか……そんな感じです、はい」
シルフィが言葉を失う。
「ごめんなさい……仮にも淑女ともあろう者の荷入れ物の一つが、満遍なく植物やというのはお恥ずかしい限りで……」
アメリアが顔を真っ赤にして俯く。
シルフィがもう一つのトランクに目線を向ける。
「……そちらには?」
「えっと、本がメインですね、はい……あ、鈍器には使えるとは思いますが、私の細腕ではとても……」
真面目腐った口調で言うアメリアに、シルフィは気の抜けたようなため息をつく。
それから、地に両手両膝をついて深々と頭を下げた。
「……大変失礼いたしました。私の早とちりで、お嬢様にお恥ずかしい思いをさせてしまいまして、申し訳ございません」
仮にも公爵様の妻となられる方に飛んだ無礼を働いた上に恥をかかせてしまった。
今更謝って済むような事でもないと思いつつ、誠心誠意の謝罪を遂行する。
良くて休職、下手したら退職ものだろう。
そんな覚悟をしていたのだが。
「あ、頭をお上げになってください」
あろうことかアメリアは膝をついて、そんなことを言った
「私こそ、紛らわしい言い回しをしてしまいごめんなさい。シルフィさんは全然悪くないので、気に病まないでください」
シルフィが面をあげる。
子供を安心させるようなアメリアの笑顔に、シルフィは息を呑む。
「むしろ、旦那様をとても大切に思ってらっしゃるのだと、感服いたしました。シルフィさんの行動は、なんら間違ってはいないと思います」
その言葉に、シルフィは呆けてしまった。
事前に聞いていた噂とは差異があり過ぎるアメリアの言動に、頭が追いつかないでいた。
ただ、これだけはわかる。
「……お嬢様は、とてもお優しいのですね」
「いえ、そんな……」
ふるふると、アメリアは頭を揺らした。
母親に褒められて少し照れ臭そうにする子供みたいな表情をしている。
シルフィはもう一度、気の抜けるようなため息をついた。
「さて、と……」
シルフィが立ち上がる。
「中身のお荷物もわかった事ですし、せめてもの償いとして手伝わせてください」
「は、はい……ありがとうございます、シルフィさん」
「シルフィ、とお呼びください。それと、敬語は無しにしましょう。」
初めて、シルフィがアメリアに笑顔を見せる。
アメリアは一瞬、躊躇う素振りを見せたが意を決してシルフィに向き直った。
「わかったわ、シルフィ。それじゃ、よろしくお願いね」
「もちろんでございます」
まだ、シルフィは完全にアメリアを信用し切ったわけではない。
噂の真偽を確かめるには時間が足りな過ぎる。
だけど……。
(よくよく見なくとも、結構整った顔立ちをしてるわ……ちゃんと栄養をとって、磨けばきっと輝く……)
少なくとも、醜穢令嬢という噂は的外れだと思った。
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