第7話 こちらも反動形成
「……97、98、99、100!」
型違いの素振りを各100回、計500回の素振りを終えて模造刀を置く。ここは城内の演習場。近衛騎士たちの鍛練の場であり、俺、アンドレイ=グリークの訓練場でもある。
近衛隊員たちも早くから訓練を始めるが、今朝はそれよりも一時間ほど早い時間から自主練を始めた。……雑念を振り払いたくて。
「お疲れ様~、アンドレイ兄上!朝から精が出るねぇ」
汗を拭きながら演習場の椅子に腰をかけた俺に、弟のサージュがのほほんと声をかけてくる。
「サージュ。お前が来るのは珍しいな。ずいぶんと早起きだし。鍛練を受ける気になったか?」
「まさか!僕に運動は向かないもの。護衛の邪魔にならないくらいの体力はつけるけど、それ以上は無理だよ」
「……じゃあ、何しに来たんだ?」
この、見た目だけは可愛い弟が、見かけだけだと知っている俺は、訝しげに尋ねる。
「いやあ、明日から学園始まるしさ。兄上どうするのかと思って」
「……どうする、って?」
「えー、とぼけないでよ、ダリシア姉の事だよ。この間も『ファータ・マレッサ』に行ったみたいじゃん。いいんだ?このままで。モヤモヤして、こんな早くから鍛練してるのに?」
この、的確に突いてほしくない所を突いてくる弟にイラっとしながらも、図星なので思わず黙ってしまう。この性格、誰似なんだ。
「……うるさいな。お前に関係ないだろ?」
「関係なくないよ。兄上がダリシア姉に気があるのが分かっていたから、僕は大人しくしていたのに」
「!サージュ…、お、まえ……」
「そろそろ潮時だよねぇ?僕も動こうかな?構わないよね?兄上?」
首を横に倒しながら、感情の読めない笑顔でサージュは言う。知らない者が視れば、可愛いとしか見えない仕草だ。こんな所も引っ括めて、俺にとっては大事な弟なのだが。自分にこの顔を向けられると、戸惑う自分がいる。言葉が出て来ない。
少しの間、重い沈黙が流れる。
「……ふ、ふふふっ、ごめん、ダメだ、耐えられないや」
「……サージュ?」
「ごめんごめん。僕、姉としてダリシア姉のこと大好きだけで、異性として見たことはないや。…兄上の、顔ったら…!」
「~~!サー…っ、こういうのは!」
「うん、酷いし、駄目だよね、人として。ごめん、兄上」
サージュはおどけた様に笑ったあと、真顔で謝罪をしてくる。何だ、何がしたい?
「余計なお世話だけどさ。シア姉のこと、本当にいいの?今までパーティーの都度にパートナーにして散々周りに牽制しといてさあ。まあさあ、シア姉鈍いからね?研究が第一で、成長するに従って、母上やエマ叔母様と話しているのが楽しそうで時間も増えて、思う所は理解も出来るけれど」
つらつらと、歯に衣着せずに話す弟。
「自分から距離を置いたら、何か気づいてもらえるか、って考えも真逆だったよね」
そう、だから学園でもあまり接触しないようにしていた。少しは俺がいない日々に感じるものがあってくれるかと。
……結果は惨敗だけど。ダリシアはますます研究に没頭するし、たまに研究室に顔を出せば邪険にされるし。
半分がっかりしながらも、半分は安心していたのだ。『無駄美人』『お転婆』『研究バカ』と言われるダリシアに。
「……そうだな、失敗ばかりだな、俺」
「そう思うなら、父上に王命にしてもらえば良かったのに。僕も義姉になってもらうのはシア姉がいいし」
「分かってるよ。でも、それは嫌だ。それではダリシアの心は手に入らない……」
きっと。幼馴染みの小さい頃に婚約の話が出たとして。
ダリシアは頷いてくれただろう、とは思う。
でもそれは、弟ととして嫌いではないからだ。
「いずれ、自分を見てもらおうと……」
「いや、あんなにシア姉に対抗して魔術競争をして怒られたり、研究対象を壊してしまったり、お転婆お転婆って繰り返していて、見てもらう以前の問題じゃない?」
弟の言葉が胸を刺す。
「……分かってるよ。なぜたか、ダリシアには素直になれないんだ」
「小学生ですか。『反動形成』って言うらしいですよ、そういうの」
「……へぇ」
「へぇ、じゃないでしょ。ともかく、明日!巻き返してね、兄上」
「そう言われてもな」
「反動形成を押さえて、ですよ!」
「……善処する」
押さえる自信はないけれど。
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