3-4 川井家との関係 ─side 昇悟─
明鈴とのいまの関係は、単に家庭教師と生徒でしかない。相変わらずお金は貰っていないが、特に不満はなかったし、貰えるはずもなかった。今年度になってから父親に改めてお金の話をされたが、俺は断った。直接お世話になったわけではないが、どうしても頭が上がらない存在だった。
だから明鈴との関係を縮めることには、仮に年齢が近くても少し戸惑いがあった。
教え子として、可愛いとは思う。
今は子供だが、大人になれば綺麗になるとも思う。
もちろん、明鈴が俺をどう思っているかは聞いたことがないし、聞こうとも思わなかった。以前に好きなタイプを聞いた時も、返事に困っていた。嘘をついているようには見えなかったし、本当にわからないのだろう。
それでも俺と彼女の年齢差を計算して、数年後には付き合っても問題ない年齢だ──と考えてしまうのは、良くない事だろうか。彼女の父親は、過去のことは気にしなくていいと言ってくれているが、忘れることはできない。俺と川井家との関係は、やはり複雑だ。
「あれ? 明鈴ちゃん……調子悪い?」
金曜日の夕方、明鈴に英語のテストをすると珍しく間違いが目立った。いつもなら絶対に間違えない接続詞の穴埋めで、変なミスをしていた。
「えっ、バツ多……」
「どうした? 疲れた?」
落ち込んで勉強どころではなかったので、正解だけ書いて終わることにした。明鈴は復習をすると言ったが、俺はそれを止めた。
「気持ちはわかるけど、今はやめた方が良いよ。普段の明鈴ちゃんなら間違えない問題だし、次は絶対できる」
「でも……。疲れてんのかなぁ」
溜息をつきながら、頭を抱えながら、明鈴はひとりでしばらく唸っていた。
今のテストの結果になのか、それとも友達と何かあるのか、俺にはわからない。相談されたとしても、俺が解決策を出せるかもわからないが──。
だから俺は次の日、彼女を誘ってドライブすることにした。友達とは出かけても札幌方面だというので、おたる水族館を提案すると嬉しそうにしていた。
夏休みで混雑は予想できたので午前中に家まで迎えに行き、助手席に乗せてそのまま車を走らせた。昨夜は俺が誘うまでずっと落ち込んでいたが、この日は会った時からとても機嫌が良かった。小さいときに船で行って酔ってしまったとか、ペンギンショーが可愛かったとか、小さい頃の記憶を思い出しながら話してくれていた。
「入口のタコ、全然変わらないね」
ピンクと水色のタコの門をくぐり、館内ではカメに迎えてもらう。何年振りかわからないほど久々だったが、タコとカメは印象に残っていた。
ちょうどいい時間でレストランに到着し、窓際の席で食べた。海獣エリアが目の前で、もちろん向こうの海まで綺麗に見えた。
「そういえばお父さんとお母さんが、最初のデートでイルカショー見たって言ってたなぁ」
「へぇ。ここで?」
「ううん。和歌山でって。お父さんの実家が和歌山だから。……そんなにお母さんが良かったのかな」
明鈴の両親・特に父親が小樽に住んでいる理由を、明鈴はまだ知らない。俺はそれを知っているし機会があれば話して良いとも言われているが、簡単な話ではない。
「なんで結婚したのって聞いても、教えてくれるけどなんか隠されてる気がするし」
「俺は小学生だったかなぁ、明鈴ちゃんの両親に初めて会ったとき」
「えっ、そんな前?」
「うん。十五年くらい前。お父さんもまだ若くて、三十くらいだったかな。何回か遊んでもらったよ」
どこで会ったのかと聞かれたが、遠い記憶で覚えていないと嘘をついた。
明鈴の両親と初めて会った場所は、小樽市内の墓地だ。母親に連れられて行ったときに、入れ違いで出てくる二人とすれ違った。詳しいことがわからないまま墓参りを済ませ、家に戻って母親から悲しい出来事を聞いた。それから明鈴の両親は何度か実家に来て、晴也はいつも俺と遊んでくれた。
せっかく明鈴の気分転換にドライブに誘ったのに、悲しい話をする気にはなれなかった。
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