第93話 アルクルム山地⑩

 アイリスの放った氷の槍が、トータスの分厚い鎧を貫き、背中まで貫通する。氷の槍を受けたトータスは、一度その巨体をビクンッと震わせると、そのまま後ろへと倒れ、動かなくなる。


 コボルトも倒し終わったし、これで戦闘終了だ。


 今回はコボルトが10匹、トータスが1匹が相手だった。何度かの戦闘を経て、いつの間にか、コボルトの相手は戦士組が、トータスの相手は魔導士組が担当することになっていた。トータスは、その分厚い亀の甲羅の様な鎧と、頑強な肉体で物理防御力が高いけど、魔法には弱いという弱点がある。戦士組が相手をするより、魔法で一気に片付ける方が効率が良い。


 オレはトータスの死体に近づく。見ているのはその鎧だ。鎧はくすんだ黄金色をしていた。オレは少しの期待を込めて傍に居たライエルに尋ねる。


「一応聞くけど、金じゃないよね?」


「ああ、ブラスだな」


 やっぱりか。オレもだんだん金とブラスの違いが分かってきた。初めて見た時はゴールドトータスだと興奮したものだが、よく見ると輝きが鈍いし、色もくすんでいるような気がする。磨けば黄金と見間違えそうだけどね。


 ブラスって聞くと何の金属だよって思うけど、吹奏楽の楽器に使われてる金属だと思う。ほら、英語でブラスバンドって言たりするだろ?


「やっぱりブラスかぁ…」


 分かっていても溜息を禁じ得ない。ブラスと金じゃ価格がえらい違うからね。一見似ているからどうしても期待してしまう。


 いや、逆に考えよう。金じゃなくて良かったと思おう。もしこれが金だったら、無理してでも持ち帰ろうとしただろう。そうすると、まずトータスから鎧を剥ぐのも大変そうだし、剥いだ後も運搬方法で頭を悩ませていたと思う。それぐらいトータスの鎧は巨大で、重量があるのだ。


 トータスの死体を確認し終えたら、今度はコボルトの死体へと向かう。ここからはいつもの流れだ。コボルトの持ち物を漁り、身ぐるみを剥いでいく。今回は10匹分もあるから急いでやらないとな。




 コボルトの持ち物を漁っていると、魔族銅貨が出てきた。当たりだ。ちょっと嬉しくなる。魔族銅貨はその名の通り魔族が作っている貨幣だ。人族の作っている貨幣に比べて大振りで、3倍の価値があるとされる。これ一枚で銅貨3枚分の価値があるのだ。


 ほくほくとした気分で魔族銅貨を鞄に入れていると、偵察に出ていたエバノンが走って戻ってきた。顔が険しい。嫌な予感がする。


「緊急事態だ!」


 あぁやっぱり…。




 皆がエバノンの元に集まり、エバノンが持ち帰った情報を聞く。


「トータスとコボルトの一団がこっちに向かって来ている。数はおよそ20。半分がトータスだ」


 トータス10匹とコボルト10匹の団体か。今まで遭遇したことない編成だな。


「連中の目的は?」


 マリアドネがエバノンに尋ねる。


「分からん」


「オレ達の存在がバレた可能性は?」


 オレ達の存在がバレ、敵が討伐に動き出したとしたら?


「それも分からん。ただ急いでいる様子はなかったな」


 急いでいる様子がない。普通はオレ達を逃がさないように急ぐところではないだろうか?オレ達の討伐に動いたわけではないのか?それとも……。


 オレは後ろを振り返る。見えるのは採掘場の壁だ。此処は坑道の先端部分。袋小路になっている。逃げ道は無い。


 オレ達が逃げ道がない事を知っているから急がないだけかもしれない。


「強襲しましょう」


 しばらく考え込んでいたマリアドネが宣言する。


「賛成だ」


 逃げ道がない以上、戦うしか手は無い。どうせ戦うなら少しでも優位に立つべきだ。




 坑道の曲がり角。


 オレ達は身を隠すように坑道の窪みで息を潜めていた。此処でトータスとコボルトの一団を迎え撃つつもりだ。


 オレ達の立てた作戦は単純明快だ。まずは魔法で敵を一掃し、奇襲を受け混乱する敵に前衛が突撃してケリを着ける。これだけだ。あんまり巧緻な作戦を考えたところで、実行できなければ意味が無い。作戦はこれぐらい単純な方が良い。


 この作戦の肝になるのが、魔法の火力だ。相手は物理防御力には定評のあるトータス。できれば最初の魔法の一掃でトータスを片付けてしまいたい。


 オレはその為に新たに英霊を召喚することにした。


「おいで、ラトゥーチカ」


 膝を叩くと、ボロボロのローブに身を包んだラトゥーチカが、おずおずとオレの膝の上にちょこんと座った。可愛い。抱きしめたくなる可愛さだ。


 <禁呪>ラトゥーチカは、ルドネの魔導士だ。だけど只の魔導士ではない。ラトゥーチカは敵のデバフに特化した魔導士だ。通常の攻撃魔法も使えるけど、敵の攻撃力を下げたり、防御力を下げたり、『毒』をはじめ、『気絶』『睡眠』『鈍足』『呪い』『麻痺』などなど、敵を状態異常にするのが得意である。そしてそこには当然『沈黙』も含まれる。


 オレはラトゥーチカに≪沈黙≫の魔法を使ってもらおうと考えたのだ。


 ≪沈黙≫の魔法は勿論アイリスにも使える。アイリスは攻撃魔法も、デバフのような補助魔法も使える万能な魔導士だ。でも今回アイリスには≪沈黙≫の魔法ではなく、攻撃魔法を使うように指示を出した。


 今回は魔法の火力が肝になる作戦だ。リリアラと並んでトップであるその魔法攻撃力を遺憾なく発揮してもらいたい。


 でもそうすると、≪沈黙≫の魔法を使う人員がいなくなってしまう。そこで新たにデバフのスペシャリスト、うってつけの英霊を召喚したわけだ。


 本当は前衛も召喚したいけど、これ以上呼ぶと今度は隠れる所が無い。魔法による奇襲が始まってから召喚しようと思う。




 ラトゥーチカとリリアラを膝の上に乗せて待つこと数分。ズザッズザッと重い物が砂の上を滑るような音がいくつも連なり聞こえてきた。たぶんトータスの足音だろう。足音がどんどんと近づいてくる。


 リリアラがラトゥーチカの手を引き、エバノンの元へと向かう。襲撃の合図はエバノンが出すことになっている。二人ともエバノンの指示を聞きに行ったのだろう。ちょっと膝が寂しい。


 エバノンが岩陰から顔を覗かせ、トータスの様子を窺っている。エバノンの手が掲げられ、その指がカウントダウンを始めた。


 5、リリアラ、ラトゥーチカ、アイリスが顔を少し俯かせた。きっと魔法の詠唱に入ったのだ。


 4、いよいよ始まるんだな…。オレは戦闘に参加しないというのに、なんだか緊張してきた。固い唾をゴクリと飲み込む。


 3、キンッと小さく澄んだ音が聞こえた。マリアドネが剣の柄を握っている。剣の留め金を外したのだろう。


 2、


 1、奇襲開始だ―――!

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