第91話 アルクルム山地⑧

 作戦会議が終わったのか、皆が坑道の影へと集結する。剣の柄に手を添えて、いつでも抜けるように臨戦態勢だ。皆その時がくるのを静かに待っている。エバノンの指が5、4、とカウントダウンを始めた。


 3、アイリスはいつも通り平然としていた。今回の戦闘で彼女の担う役割はとても大きいと思うのだけど、その姿は小動ともしていない。プレッシャーとか感じるんだろうか?慌てるアイリスとかちょっと見てみたい気がする。


 2、エバノンが右手に3本の矢を持っている。ひょっとして3本同時に射るのかな?すげーなおい。


 1、武者震いか、マリアドネの体がブルリと震える。鎧がカチャカチャと小さな音を立てた。いや、もしかしたら獲物を前にした歓喜の震えかもしれない。優雅にお茶会でもしてるのがお似合いの可愛い顔なのに、コイツは戦闘狂だからなぁ…。


 0、エバノンの合図に、皆が坑道の影から飛び出していく。オレは眩しいものを見るように、皆の背を見送った。




 まず先手を取ったのはエバノンだ。エバノンの放った矢が、コボルトの喉を確実に射抜く。相変わらず惚れ惚れするような弓の腕前だ。


 エバノンが即座に次の矢を構え、構えると同時に矢を放つ。ラピットショット。


「チッ」


 エバノンの舌打ちが聞こえた。放たれた矢は、コボルトの口の中、下顎を貫いていた。コボルトが口を開けたせいで、喉への射線が下顎で遮られたのだ。


 下顎に矢を受けたコボルトは、もんどりうって倒れ、顎を手で押さえてジタバタと暴れている。普通ならコボルトの悲鳴なり鳴き声なりが聞こえてもおかしくない状況なのに、不自然なほど静かだ。アイリスの≪沈黙≫の魔法だろう。


 その時、オレの視界が突如として歪む。何だ!?何が起こってるんだ!?


「えい!」


 理解不能な現象に驚き固まるオレに、頭上から可愛らしい掛け声が届く。リリアラだ。リリアラの掛け声と同時に視界の歪みが晴れた。いったい何だったんだ?リリアラが何かしたのか?


 晴れたオレの視界に飛び込んできたのは、真っ赤な血飛沫だ。突然コボルト達が体から血を噴き出し倒れた。見れば、コボルトの体には深々とした傷がある。まるで鋭利な剣で斬られたかのような綺麗な断面だ。


 掛け声からして、リリアラの魔法だろうけど、何の魔法か見当がつかない。リリアラと言えば、ド派手な雷の魔法のイメージが強過ぎるのだ。こんな魔法も使えたのか。


 突然、狙いを定めていたコボルトが血を噴き出して倒れ、マリアドネが混乱したように周りを見ていた。どうやらリリアラは、マリアドネの獲物を横取りしてしまったらしい。リリアラは作戦会議に参加していなかったから、その魔法はイレギュラーなものだったのだろう。マリアドネが混乱するのも無理はない。


 敵を倒したのは見事だけど、あまり皆の連携を乱すのも良くないよな。オレは肩車しているリリアラの太ももをぺチぺチと叩く。


「トロい方が悪いのよー」


 リリアラの声に反省の色は無かった。おばあちゃん自重して。


 ぺシン


 リリアラに頭を叩かれる。また心を読まれたらしい。妖怪かよ。




 リリアラの魔法もあり、瞬く間に8匹のコボルトは殲滅できた。残すはトータス1匹のみだ。


 トータスにはライエルとハインリスが向き合っている。


 トータスの振るうハルバートをライエルが盾で受け止め、その隙にハインリスがトータスの懐へと飛び込み、剣を振る。狙いはハルバートを持つトータスの右手首だ。ハインリスの剣撃は狙い通りトータスの右手首にヒットし、少量の鮮血が舞った。だが浅い。


 ハインリスは無理をしないようだ。一度トータスに剣を見舞うと、すぐさま下がる。トータスの左腕の薙ぎ払いを余裕を持って回避した。


 二対一で有利に見えるけど、ライエルとハインリスは2人とも盾役だ。その防御性能は高いけど、攻撃力は控えめな2人である。相手は分厚い亀の甲羅の様な鎧に身を包んだ、防御力に定評のあるトータス。倒すには火力が必要だ。


 どうも見ていると、ライエルとハインリスはトータスを倒すつもりが無いように見えた。時間稼ぎをしているようにも見える。そんな2人に、コボルトを殲滅し終えたマリアドネとホフマン、エバノンが加わる。どうやら最初から二人がトータスの相手をしている内にコボルトを殲滅し、その後トータスを皆でボコす作戦だったようだ。ライエルとハインリスがしていたのは、紛れもない時間稼ぎだったのだ。




 トータスのハルバートが横薙ぎに振るわれる。速い。離れて見ているオレの耳にも野太い風切り音が聞こえるほどだ。


 その高速で振るわれるハルバートに真正面から挑む者がいる。ライエルだ。ライエルがハルバートを盾で受け止める。いや、盾を持ってハルバートに体当たりをしたと言う方が正しいかもしれない。


 止まった。ライエルの巨体が1メートル近く流れたが、ハルバートはその勢いを0にした。


 トータスの体躯はハルバートを振った状態で止まっている。その隙を見逃すマリアドネとホフマンではない。トータスの懐へと飛び込んだ。


 ゾクリ


 オレの背中を冷たいものが駆け上がる。嫌な予感がする。先程似たような光景を見た気がする。ライエルがハルバートを受け止め、その隙にハインリスが飛び込んでいた。もし、トータスが学習していたら?もし、自分のハルバートが受け止められると予見していたら?もし、その対抗策を用意しているとしたら?


 その時、トータスの左腕が動いた。――マズイッ!

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