第89話 例のブツ
「おはようズンさん。串焼き2本ちょうだい」
「おぅ、あんたか。おはよーさん」
朝も早い時間。オレはいつものようにズンドラの屋台に顔を出す。いや、いつもより早い時間だな。オレは今日と言う日が楽しみ過ぎて、いつもより早く目を覚ましたのだ。いやー、昨日は興奮のあまりなかなか寝付けなかった。ちょっと寝不足気味で、起きたばかりだというのに眠い。
だが、そんな眠気も気にならないほど、オレは興奮している。
「ほらよ」
「ありがと」
ズンドラから串焼きを受け取り、屋台の横に移動してしゃがみ込む。屋台と言うよりもズンドラの横だね。背の低い、子どもみたいな見た目のルドネ族であるズンドラとは、オレがしゃがむことで漸く目線の高さが合うほど身長が違う。
「それでズンさん、例のブツは?」
オレは串焼きもそっちのけで、ソワソワとしながらズンドラに囁いた。
「受け取ってきたぜ。ちょっと待ってな」
そう言ってズンドラが屋台の影から大きな袋を取り出す。小柄なズンドラが持つと、余計に大きく見えるな。上半身が袋ですっぽり隠れてしまった。大きさのわりに重くないのか、ズンドラは平気で持ち上げている。
「コイツだ、受け取んな。出来立てほやほやだぜ」
「ありがとうズンさん!」
オレはプレゼントを貰った子どもの様に、待ちきれないとばかりにズンドラの持つ袋に飛びついた。袋は大きさのわりには軽いが、それでも確かな重さがある。中身を考えれば、重量はある方かもしれない。
「あんまり急かすなって怒られちまったよ。でも、尻を叩いた甲斐はあったな。思ったより早かった」
今すぐ袋を開けて中身を確かめたい気持ちを抑えながら、ズンドラの話を聞く。オレが待ちきれず、あんまりにも急かすものだから、ズンドラも先方を急かしてくれたらしい。そのせいで怒られてしまったズンドラには申し訳ないが、オレは早くコイツが手に入ってハッピーだ。
「ありがとうズンさん」
オレはやっとブツが手に入った嬉しさから、ズンドラにもう一度お礼を言う。
「いいって、いいって。おいらも貰う物貰ってるしな」
オレはズンドラに手数料を払って買い物を頼むことが多い。大半の店に出禁を食らっているオレの代わりに物資を買ってきてもらうのだ。ズンドラが居なかったらオレはこの街で生きていけない。それぐらい助かっている。
「これ、預かってた金な。思ったより安く済んだぞ」
そう言ってズンドラが今度は小さな袋を渡してくる。中にはオレの預けた金が入っているのだろう。まだ結構入ってる。多少着服してもバレないだろうに、ちゃんと返してくれるズンドラは誠実な人間だ。
「それはズンさんが受け取ってよ」
「は?おいらはもう手数料貰ったぜ」
ズンドラの取る手数料は小遣いみたいな安い値段だ。金の無い時は大いに助かったけど、オレも一端に稼げるようになってきた。ズンドラの手数料をアップしたいと常々思っていたのだ。オレの感謝を少しでも伝えたい。
「ズンさんには日頃からお世話になってるし、その感謝ってことで」
「それは手数料貰ってるからいいって。こんな大金受け取れねぇよ」
ここで断ることができるのはズンドラの人の良さだろうな。好ましい部分ではあるけど、今は厄介だ。この前も手数料をアップしたいと言ったら断られたしなー。でも、今回は受け取ってもらうぜ。
「ほら、コナっちゃん達と美味しい物でも食べてよ」
「それは…、ありがてぇが…」
ズンドラが言葉に詰まる。コナツちゃんは、ズンドラの一番上の娘さんの名前だ。ズンドラは3人の娘のお父さんなのだ。男手一つで娘達を育てている。詳しくは聞いてないけど、奥さんは亡くなっているようだ。ズンドラは子どもを溺愛している。今のオレは手段を択ばないぜ。子どもを盾にズンドラに金を受け取ってもらう。
「お父さーん!あっ…!」
その時、噂をすれば影か、コナツちゃんが現れた。ズンドラより少し低い身長のピンクの髪したルドネの女の子だ。その緑の瞳がオレを見つけて大きく見開かれる。そうだね、朝からこんな格好した不審者に会ったら驚くね。
「その…、おはよう、ございます…」
コナツちゃんがオレから目を逸らしながら、それでもチラチラとこちらを見ながら挨拶する。オレの今の格好はいつもの蛮族スタイル、腰ミノ一丁の全裸だ。女の子には刺激の強すぎる格好だろう。そんな不審者にもちゃんと挨拶できるなんて、良い子だね。
「こらコナツ、ちゃんと相手を見て挨拶を…いや、この場合はどうなんだ?」
ズンドラがコナツちゃんを叱ろうとして迷う。そうだね、こんな格好の人間を子どもに見せるべきかと言われたら、ノーだね。見ない方が正解だよ。
「ズンさんありがとう、助かったよ。じゃあね。コナっちゃん、今日はご馳走だよ!やったね!」
流石に娘さんの目の毒だよなーと思い、オレは言うだけ言って早々に立ち去ることにした。勿論お金は受け取らずにズンドラに持たせたままだ。それで何か美味しい物でも食べてくれ。
「私の名前…」
「あ、こら。金は…」
コナツちゃんの怯えたような呟きと、ズンドラの声を無視してオレは逃げるように走り去った。
人通りが多い街中を颯爽と歩く。肩で風を切るとはこのことだ。いつもは丸くなってる背もシャキッと伸びている。そうだ。今のオレは何も恥じるところが無い。その事が嬉しくて堪らない。
オレの歩調に合わせて、バサッと外套の裾が翻る。そう外套だ。オレは遂に外套を手に入れた!
いやー長かった。外套を失ってからの日々は本当に長かった。実際の日数的にはそう長いものではなかったが、オレには長く辛い日々だった。何度通報されたか分からない。子どもに泣かれた回数も数えるのを止めてしまうくらいには多かった。
そんな日々とはもうお別れだ。そう。この外套があればね!
「ママ―、何アレー?」
「シッ、見ちゃいけません」
嬉しくてつい道の真ん中でポージングしてしまったオレを見て、親子連れが離れていく。だが、その程度で済んでいる事が嬉しくて堪らない。前なら確実に子どもに泣かれていたところだ。
そもそも、蛮族スタイルでは、こんな人通りの多い大通りなんて歩けなかった。流石にオレも腰ミノ一つで大通りを歩くほどチャレンジャーではない。確実に通報されてしまうからね。
それが今やどうだ。大通りを歩いても避けられたり、通報される気配も無い。完全勝利と言って良い。外套一つでえらい違いだ。
やっぱりこちらも外套を着ることで、同じ文化を共有する人間だよっとアピールできるのが良いのだろうか?
文明人に近づけたようで嬉しいぜ。まぁ外套の下は相変わらずの蛮族スタイルなんだけどね。見方によれば余計に変質者度が上がっているかもしれないが…気にしたら負けだろう。
他の服も買えるっちゃ買えるが、今回は貯金を選んだ。何かあったら不安だからね。現金は確保しておきたい。外套さえあればなんとかなるだろうと思ったのも大きい。
後は装備の質の問題もある。蛮族スタイルは、その見た目に反して高性能な装備だ。ゲームの時には、数ある装備の中から最終装備候補にも選ばれるほどだった。持っている事自体がステータスにもなった、とても強い装備である。その見た目はアレだが、オレの今の手持ちで買える装備なんて比較にもならないだろう。
冒険は命懸けだ。ちょっとした事が死に繋がりかねない危険な行為だ。細心の注意を払う必要がある。少なくとも装備で妥協するべきじゃない。
オレは蛮族装備を着続ける事を選んだ。邪教徒に間違われるわ、通報されるわ、子どもに泣かれるわと散々な目に遭ってきたが、命には代えられない。
自分の意思で蛮族スタイルを続けるとか、本当に断腸の思いなんだけどね…。嫌だけど仕方ない。はぁ…。
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