第84話 打ち上げ

「えー、本日はお日柄もよく、こんな晴れやかな日に、此処、城塞都市ハーリッシュへと帰り着くことができましたのは、偏に皆様のご尽力によるところが大きく、私としては……」

「長いっ! 長いですわ、アル。さっさと始めてくださいましっ!」

「そうだぞ。この店主殿のご厚意で作っていただいた食事を前にして、貴様ごときの出番など不要なのだ!」


 いきなり乾杯の音頭を任されたので、それらしいことを言おうとしたら、マリアドネとホフマンからブーイングがきてしまった。


 まぁ、冒険者に堅苦しい挨拶なんて不要か。オレは気を取り直して右手に持ったジョッキを掲げた。


「えー、それではー、今回の冒険の成功を祝しましてー」


「「かんぱーい!」」


 マリアドネとホフマンの声と共に、ガコッと木製のジョッキがぶつかり合う音が響き渡る。此処はトカゲの尻尾亭。トムソンの店だ。オレ達は、無事に城塞都市ハーリッシュへと戻ってきていた。


 なみなみとビールのような発泡性の酒が注がれたジョッキ同士が勢いよくぶつかり、白い泡を飛ばす。オレはたぷたぷと揺れて零れそうになっている泡をそのままに、ジョッキを口の前に運んだ。


 オレは乾杯と同時にジョッキを呷る。喉を冷たいシュワシュワした液体が通っていくのが、最高に気持ちが良かった。何故こんなに美味いのかと疑問が湧くくらい、最初に呑む酒の味は最高だ。乾ききった体が潤っていく幻覚まで感じるほど、最初の一口というのは特別なのだ。


「くーっ!」


 久しぶりに飲む酒は沁みるぜ。ジョッキの中身はエールとかいう酒だ。見た目も味もビールに近い。日本のビールに比べると、若干苦みが減ってフルーティな感じだろうか。飲みやすくなったビールといった感じだ。美味い。こっちの方が好みかもしれない。


「トムさんおかわりー!」


 ジョッキを一気に飲み干し、おかわりを注文する。そして、早速とばかりに料理に手を伸ばした。今日の料理は、リザードマンの尻尾のステーキ……と言いたいところだけど、実は違う。羊肉の香草焼きだ。リザードマンの尻尾は品薄らしく、今日は入荷していないらしい。


 リザードマンの尻尾が無いのは残念だが、この羊肉も美味そうだ。焼きたてなのだろう、脂がパチパチジュウジュウと音を立てている。いくつものスパイスが混ざっているのか、複雑な香ばしい匂いが、オレの胃袋を直撃する。腹が早く寄越せと催促するように大きな音を立てたのが聞こえた。


 もう辛抱堪らないとばかりに羊の骨付き肉に齧りつく。熱っ。熱いけど食欲が勝り、肉を食い千切る。ちゃんと処理されているのか、それとも若い羊なのか、肉はとろりと柔らかかった。ぷつりと噛み千切れる。


「ほふほふっ」


 熱さに舌の上で羊肉を踊らせる。スパイスの香りが口いっぱいに広がり、鼻に抜けていくのを感じた。日本のカレーとは違う、どこか爽やかさを感じる香りだ。舌に熱さとは違うピリリとした刺激がいくつも走る。どうやらピリ辛な味付けのようだ。


 オレは熱いのを覚悟して、意を決して肉を噛む。途端に溢れ出した熱々の肉汁に怯みつつも、肉を味わっていく。最初に感じるのはピリリと利いた香辛料の味と濃厚なこってりとした脂の味だ。


 絶妙な焼き加減で焼かれた羊肉は、余分な脂が落ち、その分脂の美味さを凝縮したのか、クリーミーな深い豊かな味わいだ。ともすれば、それ単品ではクドく感じてしまいそうな脂の味わいを、複雑な香辛料の味がアクセントとなり、支えている。


 いや逆かもしれない。強い香辛料の味を脂が優しく受け止めているとも言える。甘い脂の味と辛い香辛料の味、双方がお互いを支え合い、高め合い、昇華している。つまり何が言いたいかと言えば。


「うめぇ!」


 しっかりと香辛料を揉み込んだのか、噛めば噛むほど美味い肉汁を吐き出す。羊独特の臭みはそれほど感じない。ただただ美味い。羊のあばらの肉なのだろうか、骨付きの肉は良く脂がのっていて柔らかくて美味い。羊の場合もスペアリブって言うのだろうか? まぁ、美味けりゃなんでもいいか。香草のおかげなのか、後味がさっぱりとしていて無限に食べられそうだ。ピリ辛でビールが欲しくなる味だが、手元にビールが無い……。


「はいよー、おかわりおまちー」


 その時、タイミングよくトムソンがエールを持って現れる。頭上にエールのジョッキを掲げるように渡してくる様はどこか微笑ましい。これでオレより年上で妻子持ちのおじさんだってんだから驚かされる。


「ありがと、トムさん」


 トムソンにお礼を言い、ジョッキを受け取るとすぐに呷る。料理の熱と香辛料の辛さに火照った体に、キンキンに冷えたエールを流し込む。この瞬間が堪らない。


 フルーティな味わいにちょっとした苦みがアクセントになっているエールは、喉越しも良い。気を付けないとついつい一気に飲んでしまうほどだ。


 口の中がエールで洗い流され、口が寂しくなる。オレはまた羊の骨付き肉に齧りつく。美味い。冒険の最中は、保存食ばかりでまともな物が食えなかった。肉と言えば干し肉だし、良くて燻製肉だ。それらも美味しいけど、ずっと食べてれば飽きがくる。久しぶりに食べたジューシーな肉は涙が出るほど美味かった。あぁ幸せだ。

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