第85話 打ち上げ②

 エールと肉を交互に飲み食いすること数度、漸く空腹をある程度癒せて、周りを見る余裕ができた。


 マリアドネは上品にサラダを食べていた。なんて言うか、サラダを食べてるだけで絵になる女だ。その所作には美しさすら感じる。きっとテーブルマナーも完璧なのだろう。オレもサラダ食べよっと。野菜も食べないとな。


 サラダを自分の皿に盛りながらホフマンを見る。ホフマンも上品だ。ナイフとフォークを使って、羊肉を骨から綺麗に外して食べている。


 どうやら手掴みで食べていたのはオレだけらしい。日本代表としてはちょっと恥ずかしいな。でも羊肉に付いてる骨が握ってくださいと言わんばかりの形をしているのだ。きっとトムソンがそういう風に作ってくれたのだろう。オレはトムソンの意思を無駄にはしないぜ!と自分を正当化して手掴みで肉を食べる。美味い。


 オレだってやろうと思えば、ホフマンみたいに上品に食べる事は可能だ。可能だけど、この肉料理は上品にチマチマ食べるより、齧りついた方が絶対美味い。


 オレがあまりに美味しそうに食べるからか、マリアドネが羊肉へと手を伸ばす。手掴みだ。


「お嬢様、はしたのうございます」


 いつもマリアドネのすることに全肯定のホフマンも、これには看過できなかったのか珍しく苦言を呈する。


「良いじゃない爺。お屋敷ではこんなことできなかったのですから、何事も経験ですわ。それに、旅の最中は手で頂くこともあるわけですし、今更ですわ」


 そう言ってマリアドネが羊肉を頬張る。確かに旅の最中は優雅にカトラリーなんて使っていられない。水を節約する為に、洗い物は出来る限り少なくするのが基本だ。そもそも荷物になるので食器の類は最小限にする必要がある。オレの場合は深めの皿が一枚にコップとフォークだけだ。これだけでも意外となんとかなる。


「はぁ…」


 聞く耳持たないマリアドネの様子に、ホフマンが困った表情で太い溜息を吐く。煩く言わないあたり、諦めたのだろう。相変わらずお嬢様には甘いようだ。


「美味しい…」


 マリアドネが呟き、舌先で唇をチロリと舐める。その姿が妙に艶やかに見えてドキドキする。酒を飲んだせいか、微かに上気した頬。美味しい物を食べ、うっとりした表情なのもゾクゾククる。こちらの体温まで上がってしまいそうだ。オレはエールを流し込み、体の冷却を計るのだった。




「ウップ」


 ふぃー、食った食った。冒険の間の不自由を取り戻すかのように大いに食った。まったく、真昼間から飲む酒は最高だな。特に働いている人をしり目に飲む酒は最高だ。謎の優越感がある。そんな自分を性格が悪いなと思うが、悪くてけっこうコケコッコ―だ。


 そういや鳥肉も食ったな。串焼きだった。見た目は焼き鳥だが、味が全然違う。ハーブで味付けされた、なんとも異国情緒あふれる味だった。見た目が焼き鳥だったからか、余計にギャップを感じた。今度はタレが食いたいな。無理か…。醤油の味が恋しい。泣いちゃいそうだ。


「アル、大丈夫ですの?ボーッとして」


 マリアドネが心配そうに見つめてくる。美人に見つめられるとかクラクラしちゃうぜ。


「らいじょぶ、だいじょぶ」


 あぁ酔っているなぁと自覚する。体が熱いし、気分がほわほわする。良い気持ちだ。まるでテレビ越しに見聞きしているかのように現実感が乏しく感じる。


 よく酔ったことを認めない酔っ払いが居るけど、オレはちゃんと自分の酔いを自覚できるタイプだ。えっへん。だから酔っても比較的冷静な方だと思う。ただちょっと反応速度とかが落ちるくらいで、普段とあまり変わらないと思う。まぁ酔ったからといって人間そうそう変わらないのだ。


「本当に大丈夫ですの?これ、何本に見えます?」


 マリアドネが指を立ててみせる。そんなの簡単だ。簡単だけど、オレの視線は指を通り越して、マリアドネの胸へと吸い込まれる。おのれマリアドネ、視線誘導とは卑怯なり。


 それにしてもマリアドネの胸って綺麗だ。バランスが良い。体のラインが美しいのだ。大きさはどうだろう、Cはありそうだ。でもマリアドネは細身だから実際より大きく見える。今日はタイトな服を着ているから尚更大きく見えた。お酒を飲んで熱くなったのか、緩く緩められた胸元から覗く白い肌が眩しい。ご飯百杯はイケるね!白米食べたい…。


「…どこを見ていますの」


 マリアドネがオレの視線に気が付いたのか、胸元を手で隠してしまう。あぁそれを隠すなんてもったいない。オレは渋々マリアドネの顔を見ると、マリアドネは上目遣いでオレを睨んでいた。


「てへっ☆」


 バレちった。そんな可愛い顔で睨まれたら全面降伏ものである。白旗があったら振ってるところだ。ぱたぱたー。


 しかし、おれは敢えてしかしと言いたい。本当にオレが悪いのだろうか?マリアドネの過失は本当にないのだろうか?タイトな服を窮屈そうに押し上げる胸の主張はとても激しい。こんなの見るなって言う方が無理ってもんだろ?つまりオレは悪くない。悪くないけどこれ以上見るのは止めておこう。流石にマリアドネに嫌われたくはない。


 チラッ


 でも見ちゃうんだよなー。見ないように意識すればするほど、視線が胸へと吸い寄せられる。すごい吸引力だ。ダイ○ンかよ。吸引力の変わらないただ一つのおっぱい。


「チラチラ見ているの、分かりますからね」


「おうふ…」


 バレテ―ラ。女は男の視線には敏感だと言うけど、本当みたいだ。

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