第83話 アルクルム山地⑥

 アルクルム山地のコボルトはおしゃれなのかもしれないな。コボルトの身ぐるみを剥ぐ内に、オレはふとそう思った。


 アルクルム山地のコボルト達は、大半が装飾品を着けていたのだ。ピアスやネックレス、首輪、腕輪、足輪などなど、中には複数の装飾品を着けてる奴もけっこう居た。他ではあまりない、アルクルム山地のコボルトの特徴だと思う。


 アルクルム山地のコボルトの間で装飾品を着けることが流行っているのだろうか?


 なんにせよ、オレ的には収入が増えて嬉しい限りである。


 特徴と言えばもう一つある。それは、装飾品には必ず何か文字らしきものが彫られていることだ。ピアスなんて小さな物にも彫られているのだから、ある種の執念のようなものを感じる。


 一応、マリアドネや他の人にも見せたけど、誰も読むことはできなかった。少なくとも人族の文字ではないようだ。魔族の文字だろうか?あるいは名前でも彫ってあるのかもしれない。


 まぁそんな事はどうでも良いんだ。コボルトの習性なんて考えても仕方ない。重要なのは金に成るか成らないかである。


 装飾品の中には小さな宝石が付いたものもあったから、割と期待しているのだ。オレのパンツ代の為にも、頼むから高値で売れてくれ。


「うーっ」


 コボルトの身ぐるみを剥がし終り、オレは立ち上がって身を反らす。ずっと屈んで作業してコリ固まった肩や腰、背筋が伸びて気持ちが良い。思わずおっさんくさい声が漏れてしまった。


「もう終わりましたの?」


「あぁ。終わったよ」


 尋ねてきたマリアドネはまだ剣の手入れ中みたいだ。剣に付いた血や脂を丹念に拭っている。これはなにもマリアドネが潔癖症だからというわけではない。これをしないと剣の切れ味が落ちてしまい、すぐに鈍らになってしまうらしい。剣に脂が巻くと言ったりするようだ。


 マリアドネの剣はミスリル製の細身の長剣で、軽くて鋭い切れ味が特徴らしい。この軽いというのは良い事でもあるけど、悪い事でもある。軽いからマリアドネの腕力でも自在に剣を扱えるが、相手に与える衝撃も軽くなってしまう。それを補っているのが、ミスリルの鋭い切れ味だ。


 しかし、剣に脂が巻き、その切れ味が落ちると、これは言い過ぎかもしれないが、只の衝撃の軽い打撃武器になってしまう。これでは相手を倒すことはできない。剣の切れ味はマリアドネにとって死活問題なのだ。だから丹念に剣を磨いている。


 一方ホフマンはどうかと言えば、大剣を振って血を落とすと、ささっと拭うだけだ。そこには手慣れた雰囲気があるけど、本当に綺麗になったのか怪しいものである。まぁホフマンの場合はそれでも良いのかもしれない。多少切れ味が落ちようが、大剣なんて質量武器をぶつけられれば相手はタダでは済むまい。きっと敵地だから素早く手入れを済ませる事に重点を置いているのだろう。今も油断なく周囲を警戒している姿は頼もしさがある。たぶん本格的な手入れは街に帰ってから行うのだろう。


 剣ってもっと扱いやすい武器というイメージがあったけど、一々手入れとか大変そうだし、けっこうデリケートな武器みたいだ。特にマリアドネの姿を見ているとそう思う。


「早いですわね。わたくしはもう少し掛かりそうです」


 マリアドネがすまなそうに言う。その綺麗な双眸が下がった困ったような表情は、かなり破壊力がある。上目遣いで見つめられるとドキドキしてしまうよ。鼓動がうるさいくらいだ。でへへ、いくらでも待っちゃうよー。


「まぁね。もうすっかり手慣れちゃったよ」


 伸びた鼻の下を隠すように手で擦りつつ、マリアドネに答える。手慣れたというのは嘘じゃない。コボルトの身ぐるみを剥ぐのは、もう手慣れた作業だ。伊達に何十ものコボルトの身ぐるみを剥いでいない。嫌でも慣れる。


 何十という言葉を証明するように、オレの鞄はパンパンに膨れていた。中にはオレの荷物や持ってきたつるはしなんかが入っているけれど、ほとんどはコボルトから奪った装飾品だ。装飾品だけで鞄がパンパンになってしまった。いったいどれだけのコボルトを狩ったのか見当もつかないほどだ。100はいってないだろうけど、10や20なんてものじゃないのは確かだ。


「よいしょっと」


 鞄を背負うとズシリと重たい。気を抜くと後ろにひっくり返ってしまいそうだ。地球に居た頃は、こんな重い荷物はとても持てなかっただろう。改めて今の体のスペックの高さが分かる瞬間だ。でも、そんな高スペックだと思う体も、こちらの世界では標準よりも少し高いくらいの評価でしかない。良くて「後衛にしては体力がある」と言われるくらいだ。


 こっちの世界のガチの前衛はヤバイ。化け物みたいな身体能力を持っている。例えばホフマン。彼は大剣とかいう大きくて分厚い鉄の塊を苦も無く自在に操っている。推定100キロは余裕でありそうな大剣をブンブン振り回すとかどんな腕力してるんだよ。物理さんちゃんと仕事してんのか?


 そんなホフマンが老いて一線を引いた身って事実がとてもヤバイ。現役の前衛とかどうなってるんだよ。怖いわ。


「そろそろ撤収にしましょうか」


 漸く納得いったのか、剣を鞘に納めたマリアドネが言う。その視線はパンパンに膨らんだオレの鞄へと向いていた。


「そうだね。もう入らないよ」


 戦利品はオレの背負っている装飾品だけではない。鉱石やコボルトの耳も大量にある。運びきれるか不安なくらいだ。


 まぁいざとなれば英霊を召喚して運んでもらえばいいんだけどね。荷物運びの為に呼び出すのはちょっと気が引けるけど、そこは頼み込むしかないだろう。


「では、撤収にしましょう」


 マリアドネの宣言に、オレ達の狩りは終わりを告げた。

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