第80話 アルクルム山地④
襲撃約3人の会議も終わり、いよいよ奇襲作戦開始だ。オレは奥から襲撃役3人を見守る。エバノンが弓に矢を番えて指で合図を出す。3、2、1、スタート!
エバノンが勢いよく坑道の影から飛び出し、それと同時に矢を放つ。エバノンから放たれた矢は、吸い込まれるようにコボルトの喉に命中し、コボルトが悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。まずは1匹。
エバノンと同時に坑道の角から飛び出した影がある。マリアドネだ。マリアドネは前傾姿勢で右側のコボルトに突撃していく。タッタッと軽く靴音を響かせて、矢に追いつかんばかりの勢いだ。姿勢を低くし、剣を構えて、まるでコボルトに体当たりする様に突っこむ。
ドンッと小さく鈍い音を響かせて、マリアドネがコボルトに衝突する。マリアドネの剣はコボルトの胸を捉え、かなりの勢いだったのか、その剣先はコボルトを貫通し、コボルトの背中から剣が生えていた。あれは即死だろう。これで2匹。
マリアドネがコボルトを仕留める間に、エバノンが2発目の矢を放っていた。放たれた矢は、一番奥に居たコボルトのやはり喉に命中する。エバノンは、万一コボルトが即死しなくても声が上げれないように、コボルトの喉を狙ったのだろう。相変わらず見事な弓の腕だ。これで3匹。
マリアドネに遅れて坑道の角から飛び出した影はホフマンだ。ホフマンがガッチャガッチャと全身鎧を鳴らしながら、左のコボルトへと走る。上半身が乱れない、まるで滑って移動しているのかのような走りだ。だが、遅い。直前にマリアドネの疾走を見たからか、ホフマンの走りは遅く見える。
ホフマンが、あと一息でコボルトに届くという所で、異常に気が付いたコボルトが大きく口を開けた。マズイ!仲間を呼ばれる!
コボルトが口を大きく開き、一瞬の間を置いて、その目を大きく見開いた。まるで何かに驚いた様な、驚愕の表情だ。その顔へとホフマンの大剣が振るわれる。ホフマンの大剣はコボルトを両断した。本当に頭の天辺から股まで一刀両断だ。マジかよ。二つに割られたコボルトは、左右に分かれて、ドチャリと音を立てて地面に転がった。ホフマンの大剣は地面すれすれでピタリと止められており、ホフマンの技量の高さが窺える。
「ふぅーっ。なんとか間に合ったか。まったく、あまり年寄りをこき使ってくれるなよ」
ホフマンがボヤキながら大剣を一振りする。大剣に付いたコボルトの血が振り払われ、地面に赤い弧を描いた。
真っ二つって何だよ。あんな死に方はしたくないな。そんな事を思いながら、オレは視線を横に移す。そこには腕をゆっくりと下すアイリスの姿が見えた。
オレは視界の端で捉えていた。コボルトが口を開けた瞬間、アイリスが腕を振り上げるのを。腕を振るのは、アイリスが魔法を発動する際によくするモーションだ。一見アイリスの魔法が発動した様子は無いけど…。
「アイリス、何かした?」
オレはある確信を抱きながらアイリスに質問する。アイリスはゆっくりとこちらを向き、コクリと小さく頷いた。やっぱり。面倒くさがりのアイリスが余計な事なんてするわけがないと思った。
アイリスが腕を振り上げた瞬間、魔法の発動した様子は無かったけど、奇妙な事が一つあった。それはコボルトの挙動だ。コボルトは口を大きく開け、次の瞬間驚いたようだった。間近に迫ったホフマンの大剣に驚いたのかと思ったけど、それにしたって悲鳴なりが漏れてもおかしくないと思う。
コボルトは最後まで一音も漏らさずにホフマンの剣に倒れた。じゃあ何の為にわざわざ口を大きく開いたのかという話だ。本当は敵襲を知らせたり、仲間を呼んだり、大声を上げるつもりだったんじゃないだろうか?
大きく開いたコボルトの口。魔法の発動した様子は無いのに、確かに使われたアイリスの魔法。驚愕の表情を浮かべたコボルト。
こんな芸当ができそうな魔法に心当たりがある。それは≪沈黙≫の魔法だ。
コボルトは確かに声を発しようとした。そして声が出ずに驚愕したのだ。
「ひょっとして、沈黙の魔法?」
アイリスがゆっくりと頷いた。
マジかよ。もしかしてとは思ったけど、魔法ってそういう使い方もあるのかよ。
≪沈黙≫は、相手にバットステータス『沈黙』を付与する魔法だ。『沈黙』状態になると、魔法の詠唱が中断され、魔法を使うことができなくなる。魔導士泣かせの状態異常だ。
ゲームでは、相手の魔法を妨害する目的で使われていた。魔導士タイプの敵に≪沈黙≫を使い、魔法を使えなくしてからタコ殴りにするのがお決まりのコースだ。他にも敵のボスが使う強力な魔法をキャンセルする為に使われたりする。ボスというのは大抵の状態異常に耐性を持っており、すぐに『沈黙』状態から回復されてしまうが、一瞬でも『沈黙』状態になれば、魔法の詠唱は中断される。
ボスが魔法を詠唱し始めたら、すぐに≪沈黙≫の魔法を使い、ボスの魔法の詠唱を中断させる。簡単そうに聞こえるが、タイミングがシビアなこともあり、割と上級のテクニックだったりする。
ボスによっては、強力な魔法を連発する奴も居るので、≪沈黙≫の魔法を使う専属の人員を用意するくらいだ。
そんな≪沈黙≫の魔法を、アイリスはコボルトの言葉を奪う為に使ってみせた。その応用力に驚かされる。オレとって≪沈黙≫は、ゲームのイメージが強すぎて、魔法の詠唱を妨害する魔法という認識だった。まさかこんな使い方があるなんて、思いもよらなかった。
いや、もしかしたら、こういう使い方もこの世界では一般的なのかもしれない。ゲームの時よりもはるかに自由度が高そうだ。ゲームの知識に拘泥するのは良くないな。視野が狭くなっていることに気付かされた。
ともあれ、アイリスの機転のおかげで助かった。アイリスの機転が無ければ、今頃大変な目に遭っていただろう。トータスの群れに追いかけ回されるのなんて一度で十分だ。
「助かったよ、アイリス。ナイス判断だ。この事は皆に共有して良い?」
アイリスの奥の手とかだったら嫌がるかもしれない。オレのそんな杞憂などお構いなしに、アイリスはコクリと軽く頷いた。皆に教えてしまっても良いらしい。なんだか本当に良いのかもう一度確認したくなる程軽い反応だった。もしかしたらアイリスにとって≪沈黙≫の魔法は見せても良い手札なのかもしれない。一応高等魔法の一種なんだけどな。アイリスの≪沈黙≫の魔法の扱いは軽い。
まぁアイリスが良いって言うんだから、この事は皆に共有しよう。≪沈黙≫の魔法で敵の言葉を奪えるのは、一応隠密行動中のオレ達にとって、かなりありがたい。
今オレ達が一番警戒していることは、敵にオレ達の存在を知られることだ。此処は敵のテリトリー。オレ達の存在が露呈してしまえば、数の力で押し潰されてしまうだろう。
そんな状況の中、アイリスの持つ≪沈黙≫の魔法はとてもありがたい。行動計画の変更もあり得そうなほどだ。
「皆、ちょっと聞いてくれ」
オレは早速この事を共有しようと皆に声を掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます