第79話 アルクルム山地③

 まさか過ぎるアイリスの性格に驚きを隠せない。まさか物静かなアイリスまで戦闘狂だったなんて……。て言うか、戦闘狂率高すぎない?ディアゴラムにマリアドネにアイリスに……探せばもっと居そうだ。オレは血を見るのも嫌な平和主義者だってのに、なんで周りが戦闘狂ばっかり集まるんだよ。おかしいだろ!


 いや、そもそもこの世界の人は好戦的過ぎるのだ。魔族は神敵だからと殺すのを躊躇わない。魔族を殺すことは善行であるなんて言う奴も居るくらいだ。命を奪うことが善行って、どんな邪神を崇めているんだよってオレは思ってしまうが、この世界では割とポピュラーな考えだ。


 だから、魔族に対してやたら好戦的な人が多い。あの好々爺みたいなパドリック神殿長も、若い頃は魔族を狩って徳を積んだと言っていたくらいだ。徳って何だよ…。


 そんな考えの中に在って、オレのような平和主義者は異端なのかもしれない。オレは女神フォルトゥナを崇めているわけでもないし、魔族達に恨みや敵愾心があるわけでもない。むしろ、生きる為に狩らせてもらって申し訳ないと思っているくらいだ。


 ディアゴラムは別にしても、マリアドネやアイリスくらい好戦的な方が普通なのかもしれないな。オレも今度からはもうちょっと好戦的に振る舞おう。異端審問とかあるのか知らないけど、下手に魔族を庇う発言をすると、魔族に通じてるとか思われそうだし、気を付けないと。拷問とか勘弁だしな。


 ん?


 前を行くマリアドネ、ホフマンの足が止まる。更に前を見ると、エバノンがこちらに掌を向けて立ち止まっていた。アレは止まれの合図だろう。何かあったのか?


 気が付くと、坑道内に響いていたカツーンカツーンという硬い物がぶつかり合うような音がとても大きくなっていた。反響して分かりにくいけど、すぐ近くに音源がある気がする。ひょっとして目的地に着いたのだろうか?


 オレ達が立ち止まったことを確認したエバノンが、腰を低くして、するすると滑る様な足取りで前へと進む。足音がまったく聞こえない見事な忍び足だ。


 エバノンが曲がり角で立ち止まり、向こうを覗き見る。そして確認を終えたのか、こちらを向いて、左手の人差し指を口の前で立て、右手で手招きをする。


 たぶん静かに来いってことかな?


 オレ達はゆっくりと静かに歩き出す。どこかぎこちない忍び足だ。エバノンのようにスムーズにはいかない。靴が地面を叩く音がコツコツと、鎧のこすれる音がカチャカチャと響いてしまう。それでもできる限り静かにエバノンの元へと移動した。


 漸くエバノンの元にたどり着く。「どうしたんだ?」とエバノンに問いたいけど、エバノンはまだ左の人差し指を口元で立てている。まだ静かにする必要があるのだろう。


 エバノンが右手で坑道の曲がり角を示した。エバノンがやったように覗き込めってことだろう。オレ達は代わる代わる曲がり角から奥を覗き込む。


 何があるか分からない。慎重に角から顔を少し出し、奥を覗く。


 10メートル程離れた所に薄ぼんやりとした明かりが見えた。その明かりに照らされて、何かが動いている。体躯はそれほど大きくない。全身が毛に覆われて尻尾も生えている。顔は、鼻と口が飛び出て尖っており、頭上には三角の耳が生えていた。二足歩行の犬の様な姿。コボルトだ。コボルトが1、2、3、4、4匹。


 コボルト達はつるはしの様な鍬の様な物を振るって採掘に励んでいる。コボルトの振るつるはしが坑道の壁に当たるとカツーンと甲高い音を響かせていた。


 コボルト達はまだオレ達の存在には気づいていないようだ。皆一心不乱につるはしを振っている。採掘の影響か、土埃が舞っているようだ。視界がぼんやりと霞み、空気が埃っぽい。オレは、くしゃみが出そうになるのを慌てて堪えて顔を引っ込めた。



 ◇



 エバノンが右手で犬の顔を作ってみせる。丁度、影絵でやる狐だ。先程コボルトの顔を見たからか、狐よりも犬の顔に見える。エバノンの左手は相変わらず口の前で人差し指を立てていた。まだしゃべるなということだろう。コボルト達との距離は10メートル以上離れているが、あの大きな耳は飾りじゃないだろう。用心に越したことはない。折角奇襲のチャンスなんだ。みすみす逃す手はない。


 続いてエバノンが右手の指を四本立てる。先程犬の顔を作ってみせた事と合わせると、たぶんコボルトが四匹居ると示しているのだろう。現状の確認かな?大事だよね。オークとかどうやって指で表現するのか見てみたい気持ちを抑えて、エバノンに頷くことで同意する。マリアドネも頷きを返していた。


 エバノンの右手が、今度はエバノン自身を指し、弓を指し、二本指を立ててみせる。“エバノン”“弓”“2”たぶんだけど、エバノンが弓で2匹倒すって事だと思う。コボルトは全部で4匹。エバノンが2匹倒すなら、残るは2匹。残る2匹をどう始末するか。


 バッとマリアドネが手を上げて、自分を指さす。そうだね。マリアドネならやりたがるだろうね。心なしか瞳がキラキラと輝いているように見える。どれだけ戦闘がしたいんだ、この戦闘狂め。


 マリアドネは少し悩んでから指を一本立てる。マリアドネが1匹仕留めるということだろう。少し悩んだのは2匹仕留められるか悩んだに違いない。


 今回の作戦はスピードが命だ。コボルトが悲鳴を上げる間の無く殲滅しないといけない。此処は敵のテリトリーだ。コボルトが仲間を呼んだら…面倒な事になるのは目に見えている。


 平時なら、コボルトを2匹倒すのなんて、マリアドネの技量を思えば簡単な事だろう。だが、悲鳴も上げさせずに倒すとなると難しい。それでマリアドネは1匹仕留めると言っているのだ。逆に言えば、1匹は悲鳴も上げさせずに殺す自信があるという事だろう。なにそれ怖い。


 マリアドネが1匹片付けるという事は、残るコボルトは1匹。オレはなんとなくホフマンを見てしまう。残る1匹はホフマンが片付けるだろうと思ったのだ。ホフマンの技量は、剣なんて素人のオレから見ても卓越しているように思える。ホフマンならコボルト1匹片付けるのなんて朝飯前だろうと思ったのだ。


 オレがホフマンを見ていたからか、皆の視線がホフマンに集まる。ホフマンは、自分に視線が集まっていることを察すると、「ふーっ」と太い息を吐いて、おずおずと指を一本立ててみせた。なんだか「やれやれ」とか思ってそうな態度だ。やれやれ系主人公かお前は。年を考えろよ。


 まぁとにかくこれで誰がコボルトを仕留めるか決まったな。コボルトを倒すことになった3人が手を使って会議をしている。きっと誰がどのコボルトを倒すのか話し合っているのだろう。


 オレ?オレはほら、松明持つので忙しいから…。それにネクロマンサーは、呼び出す英霊は強力だけど、本体であるオレの性能はそれほど高くはないのだ。オレにコボルトを悲鳴も上げさせずに倒すなんて芸当は無理である。白虎を使えばできそうだけど、そんな簡単に切り札は切れない。オレはか弱い後衛職なのだ。ここは前衛に任せよう。

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